日本での話題

 

クラブEKO広報誌「ブレティーネン」No.15 1999年10月発行 掲載



スウェーデンから
大滝 昌之


 623日から817日までのおよそ2ヶ月間、また夏の日本を訪れました。暑い夏でしたが、「熱帯性低気圧」が北海道を覆った時期もあり、道産子の僕もさすがにびっくりしました。

 今回の日本訪問は音楽のワークショップがメインでしたが、福島、十日町、北九州などではスウェーデン福祉に関わる講演も行われました。さらに、予定の日程の後2週間は、こちらで購入した「JR パス」を利用して、大阪や徳山、また神奈川や栃木なども回り、施設利用者の保護者や施設の職員方と話し合う機会があったり、イベントに参加もさせて頂きました。

 今度の旅での印象としては、全国的に「社会福祉構造改革案」への関心が高いという事で、何処でもその話が出ました。それぞれの地域や場所で、またいろんな立場で、これから2〜3年のうちに福祉の状況に変化が起きるであろうという認識が深まっているのを感じました。

 さて、その「社会福祉基礎構造改革案」なんですが、これも非常に複雑な構造をなしていて、一口に何がどう変わるのかということも、結局は誰も分からないといった混沌としたもので、それこそいろいろな立場で議論されているようです。ひとつには、今までの「措置」というものから「契約」に変わるということですが、行政からの措置に変わって本人が選択して契約するということになっても、メニューが大幅に増えなければ結局は選択するものがない、ということになる懸念もあります。
 これらの事について全国でいろいろ話し合った事柄などを書くと、とてもこの紙面に納まりきれませんが、一つ一つの項目ではなく総体的に見て、この「構造改革案」というものの中に「構造的」に足りないものがある印象も受けました。

 まず、この案は今までの「お仕着せ」の福祉でなく利用者が選択・契約するという、文面通りに云えば「21世紀に向かっての新しい理念」ということがうたわれているわけですが、この案作りに参加している人たちの名前には、障害を持っている人たち自身の名前が見当たらないということです。スウェーデンでは既に70年代に、障害を持つ人自身が法律の立案に参画していますが、新しい構造の理念とというのは、やはりサービスを利用する人自身が参画して行くということが重要な意味を持つのではないでしょうか。

 もう一つの点は、サービスとは何を意味しているのかが明記されてなく、またサービスの供給というものを施設法人に依存する、という体質が変わっていないということです。ここ10年以上にわたって、日本の福祉は「施設型福祉」から「地域型福祉」へ変わって行かねばならないという事が言われていますけど、これらのサービスの中継所ともいえる「地域生活支援サービス」も施設法人が行うのであれば、物理的にみても限界があります。ある障害児施設では、その介護・養育にキレてしまった家族の家庭援助に、職員が泊まり込みで「ホームステイ」をしているそうですが、これなどその施設の仕事の範疇を超えたことをしているわけで、要するに、一つの目的を持った施設が、障害者の全体的な生活の援助を行うという事は、物理的にも無理だと思います。

 まだいろいろありますが、最後に一つ。授産施設というのは障害を持つ人が働くところというのは一般的に知られていますが、法律的には「障害を持つ成人で、雇用が困難と思われるものに訓練を施し、職を与えるのをその目的とする」ということです。

 現実には、現在授産施設で働く障害を持つ人のおよそ8~9割は、将来的にも一般企業で雇用される事がいろいろな理由で無理と思われている人たちです。新しい理念では、これらの人たちを一生「訓練」しようとするのでしょうか?あるいは、これらの人たちが「働く」ということ、またみんなと「共生」することについて、新しい理念や価値観が生まれるのでしょうか?

 21世紀まで、あと数ヶ月。「今まではどうであったか?」を振り返る事はた易いし、またいつもそこから出発してきたわけですけど、21世紀をもうすぐ迎えるのであれば、今までの事はともかく、「これから、どうあるべきか?」をみんなで一緒に考えなければならないと思うし、また「構造改革」というものは、少なくともそれが可能になる構造を見極めてのものであって欲しいと思います。

1999年9月、ストックホルムにて

 

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