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音を出そう、音楽になるよ

音は何でも音楽になる

音を出そう!

(アフリカ民謡から)
 

こんな詩(うた)の、そして揺さぶるリズム! 
また一緒に音楽することが待ち遠しいセッション!


このページは、そんな音楽の話題や意見、論文のページです。

最終更新日、2002.08.01


目次


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クリニカル・インプロビゼーションと、グループ・セッションへの姿勢


大滝 昌之

本人の世界に入り込む音楽

  音楽セラピーのなかに、クリニカル・インプロビゼーションという、特に自閉症的傾向のある人や重い知的障害を持つ人など、周りとの世界とのコミュニケーションが難しい人に使われる方法がある。

  音楽を楽しむ場合、多くの人は、リズムやメロディーに合わせて歌ったり楽器を弾いたり、手拍子・足踏みなどの行動を通じて楽しんでいる。つまり、ある音楽のパターンがあって、そのパターンの中で自分の感情や行動を表現して音楽を楽しむ。

  しかし、自分と周りとの間に何かの壁があり、その壁に対しての認識が難しかったり、またその壁の外で行われている事が自分の感情と合わない場合、さらに体の動きも思うように行かない場合など、与えられたパターンに自分を合わせる事が難しくなってくる。そんな場合には、パターンそのものが自分と関係のない世界にあり、音やリズムは、自分の世界を乱す煩わしい雑音ともなり得る。
 そんな時に、周りにいる人が手助けのつもりでその人の手を取って音楽のリズムに合わせるように促したとしても、本人にとっては、与えられた音楽と同様、周りの人の存在も煩わしくなる場合が多いのである。

  クリニカル・インプロビゼーションとは、このような関係を逆の視点から捉え、本人の世界に音楽のパターンを合わせる方法である。
  本人の感情の動きを探りながら、音楽の持つ高揚感、抑制感などを使い、本人の世界にリズムを合わせて行く。

  自分の動きにあうリズムが聞こえてくる。何だろう? 動きを止めてみると、音も止まる。もう一度動くと、また音が聞こえる。何回も繰り返しているうちに、気分も高揚して動きも早くなる。その気持ちに調和して、音やリズムも高まっていく。休みたくなると、音やリズムも静まっていく。やがて、自分の動きと音の関係に気づく事が可能になり、周りの世界の出来事への認識を持つチャンスが生まれる。

  このように音楽は、コミュニケーションを促し、自己意識や自己認知を促す要素を持つものとして、幅広く使われている。


全員が参加出来るように

  一般的に知的障害を持つ人といっても、みんなそれぞれ異なった個性や能力を持ちあわせている。音楽セラピーを集団のセッションで行う場合、何をどう行い、誰に合わせるかというのは、セラピーを成功させる決定的な要素になる。

  例えば10人のグループがあるとすれば、何人かは話す事が出来て、そのうち何人かは歌を唄う事が出来、何人かは身体を自由に動かす事が出来ないなど、その構成が多様である。

  音楽活動には、唄う、楽器を演奏する、身体を使う、聴くなどいろいろあるが、特に知的障害を持つ人への音楽セラピーの場合、音楽の要素を利用しての心理的観点から行うものであるから、その活動について行けない人の精神・心理状況に視点を合わせることが大事である。

  唄う事が出来ない人が多い場合には楽器を演奏する事に重点をおいて、そのうえで唄える人にはそれを援助する意味で唄ってもらうなど、常に「出来ない人」に注目して、そのうえで全員がセッションに参加出来るようにする配慮が必要になる。


この文は、1993年発行・「みんなのねがい」No300に掲載された「知的障害者と音楽セラピー」から抜粋・改訂したものです。


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『音は何でも音楽になる』


吉田 豊

 学校を離れて、休みの日に定期、不定期を問わず、いろいろな場所で様々なメンバーと即興的な音楽を楽しんで、もう三年以上になる。音楽のパターンは大体決まっていて、歌いながらのあいさつに始まり、簡単な動作をしたり、一人一人が楽器を思い思いに鳴らしたりする。その場で思いついた言葉をメロディーに乗せて歌ってみたり、ダンスをしたりもする。おしまいには、みんなが輪になって、一時間足らずのセッションをかみしめるように静かに別れの歌を歌うのである。

 そこに居合わせる誰でもが、予備知識や特別の技術がなくてもすぐ楽しめる、それがこの音楽セッションのコンセプトである。メンバーは「知的障害」と呼ばれる一面のある人たちだが、音楽するのに、彼らの障害を意識しなければならないようなことは殆どなく、個性豊かな反応と意外性に満ちたやりとりを、私はひたすら楽しんでいる。
 イベントに招かれて行う単発のセッションではもちろん、月一回決まった仲間で楽しむ時も、始めはみんな緊張した面持ちである。私も最初の音をギターでジャラーンと鳴らすその瞬間は、いつも、とても照れくさい。

  曲が進むにつれ、やがて参加しているメンバーのはちきれんばかりの笑顔に出会う。そして、ドキドキする気持ちがそのまま楽器に伝わった微かなためらいの音、その場の音楽とは混じりようのない突拍子もない愉快な音、みんなの気持ちを一気に高める鋭い音、淡々とリズムを刻む几帳面な音、そんな一つ一つに応じて行くうちに、私の心はすっかりその場の空気になじんで、ギターをかき鳴らし、時に大声を張り上げ、また、音を止めてじっと待っていたりしている。はたから見ればおかしいくらいのパフォーマンスを繰り返しているのだろうに、もう恥ずかしさや緊張を感じる暇もない。ふと気が付けば、しみじみするくらいの何とも言えない熱い思いに満たされて、終わりの時を迎えているのだ。

 定期的なセッションのメンバーの中に、お母さんに付き添われた二十を少し超えたばかりのとてもおとなしい青年がいる。ほかのメンバーは、それが部分的だったとしても心から活動を楽しむ様子が伺えるのに反し、この青年、タカさんは無表情で、呼びかけにも反応は弱かった。

 何をやってもいい、それが音楽のいいところだ、そう言って自由な活動を促しているのだから、タカさんのように何にもやらないのもオーケーなのである。無理をさせないように気をつけながら、私はそれでも、時々、彼に楽器を渡したり、軽く呼びかけたりはした。お義理に弱々しく楽器を鳴らすことはあっても、次に気が付いて彼の方を見ると、もう楽器は手から離れていた。もちろん、能力的に出来ないのではない。かと言って、わざとやらないというのでもない。やはり、やれないのだろう。それでも、楽しいセッションは、しだいに盛り上がり、そしてしみじみと終わりを迎える、そんなことが、どれだけか繰り返されていった。

 一年の活動の節目として発表会を持つことにした。出演希望者を募り練習を呼びかけると、そこにタカさんもいた。初めはまさかとも思ったのだが、いつもより前向きな姿勢が伺えるような気もした。ご両親の願いというだけでなく、本人も結構本気なのかも知れない。

 発表会当日、ステージに上がる決意とメンバーの一体感のシンボルとして、揃ってバンダナをまくことにした。タカさんもみんなと同じようにしている。それでも私はまだ何となく心配であった。本番になってしりごみすることもあるだろうし、別にステージの下から参加していたっていい、とにかく何があっても、それを本人が肯定的に受け止めるよう態度で示さなければ、そんなことばかりを考えていた。ところが、そんな私の取り越し苦労は尻目に、タカさんはすたこらさっさとステージに上っていった。

 「音は何でも音楽になる」という曲がある。私が「誰々さんはどんな音?」と歌いながら呼びかけ、一人一人が自分の手にした楽器で応じて掛け合うのである。待ち切れずに私の歌っている途中から鳴らしてくる人がいたり、わざとリズムを崩して笑いを誘う人もいる。そうかと思えば、ここぞとばかりに大きな音で私をびっくりさせて喜ぶ子どももいる。

 いよいよ、タカさんの出番である。呼びかけた後、やや間が出来、私は息を飲んだ。もちろんやらなくてもいい。音はなくても音楽になるのである。長い時間にも思えたが一瞬の間合いであったのかも知れない。タカさんのタンブリンから、「トン、トントントン」と小さいけれど確かな音が響いてきた。私はギターから手を放して、思わず彼の手を握ってしまっていた。

 それから後は、ステージもフロアも次第に盛り上がり、観客の温かいまなざしや声援と一体になった音が会場を満たしていった。タカさんの表情は明るく、これまで私が接したことのない笑顔がこぼれていた。歌に合わせて手を挙げる動作でもしっかりと肘が伸びている。演奏が終わり、ステージから家族の所に向かう姿は、これまで見たこともない自信に満ちあふれていた。

 タカさんに限らず、この発表会では、メンバーの並々ならぬ意欲に触れて驚きもし、観客を意識した本番での数々のパフォーマンスには、まるでプロフェッショナルなショーマンシップさえ感じる瞬間がいくつもあった。
 そんな中でも、やはりタカさんの姿には心を揺り動かされた。彼の中に一体何があったのか。そのあたりの経緯を知りたくて、ご両親を訪ねてお話を伺うことにした。

 もともとおしゃべりではないが、高校一年を過ぎた頃から極端に口数が少なくなったタカさんは、卒業後、授産所に通うがうまく適応出来ず、一層無気力な状態となった。何とか意欲を引き出そうと、ダウン症児のための絵画教室などにも通わせたが、全く手を出さず行くこともいやがったため続かない。余りあれこれ言わず、自分で動き出すまでほおっておく方がよいというアドバイスを受け、朝も起こさずにいると、唇が乾いても水分を取ろうともせず、終日寝床から離れない日が続く有り様であったという。

 思い余って専門クリニックを訪ねると、主治医からは、思春期以降のダウン症者にしばしば見られる「鬱的傾向」が指摘された。だが診断が出たからと言って特効の治療や薬があるわけではなかった。子どもの頃から音楽は好きで、私の活動を知ったお母さんが、かすかな期待を持って、連れて来られたのであろう。

 私は話を聞きながら、セッションで何もしないタカさんを思い浮かべていた。それは彼にとってごく自然な姿だったのだ。その頃私は、彼の抱える問題の深刻さには思いも至らず、セッションの雰囲気がいやでなければ、きっと自分から動き出すだろうと気楽に考える以外に特別な手立ては何もなかった。

 幼い頃、小学校でも中学校でも、気の弱いタカんさんが動き出せないでいると、寄り添うように支えていたのが妹さんだったという。今は大学生の彼女が、帰省すれば昔と同じように兄のために漢字のなぞり書きや計算の練習ノートを作る。何冊も見せてもらったが、それは勉強や学習のためではなく、二人の、とりわけタカさんにとってかけがえのないコミュニケーションとなっているのだろう。

 エピソードの一つ一つをたじろぐ思いでかみしめながら考えてみた。そんな彼に私たちの音楽はどんな意味があったのだろうと。

 毎回のセッションは流れが大体決まっている。回を重ねるうちに予測が立つし、一人一人の反応もバラバラで決まったものが要求されるわけではない。しかも自分が動き出さなくてもセッションは進んでいく。それは、タカさんにとって、多少なりとも気楽で、そう居心地の悪くない場となったのかも知れない。

 そんな時を重ねて、本番では何をすればよいか自分なりに十分把握して、彼は決意を持ってステージに上がっていったのに違いない。一見無気力に見えた姿も、慎重なタカさんが気持ちの高まりを少しずつ蓄えるのに、必要な時間だったのかもしれない。知らぬが仏の私は、やりたくなければやらない人がいてもいいのさ、と気楽に他のメンバーとのやり取りを楽しんでいただけだったのだが。

 ただ、大勢の観客とステージという設定はタカさんに大きなプレッシャーになる、私にはそのことが不安だった。しかし、そんな風にしか考えられない私の思惑などは遥かに超えて、ステージは彼にとって、家族のみんなに、とりわけ妹さんに、いいところを見せる絶好の場であったのである。

 発表会でのタカさんの活躍は、私だけではなくご家族にも目を見張るものとなった。そして、その自分の家族だけを、彼は見ていたのだろう。子どもの頃から、学校でも家庭でも、タカさんの事を気にかけ、それだけ彼のいいところも一番よく知っている妹さんの「やっぱり、兄ちゃんは本番に強いわ。」の一言がすべてを物語っているようにも思う。

 その日からタカさんの姿が見違えるようになった、という訳ではない。それでも、セッションに参加するため部屋に入ってくる姿は気のせいかどことなく堂々としてきた。手には、毎回、リコーダーやベルなど手持ちの楽器を持参している。その表情も、無気力などとは、もう誰も言わないだろう。

 そして私は、何もしない事も含めた自由な活動から生まれる音楽の絆の不思議さと楽しさにかられて、相変わらずギターをかき鳴らして歌うだけなのである。

1998年12月「教育文芸三重」掲載


吉田 豊

515-0314  三重県多気郡明和町新茶屋309-3
TEL&FAX  0596−52−1536
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知的障害者の音楽活動交流について


大滝 昌之

  先日、東京の五反田「ゆうぽうと」大ホールにおいて「響きあいのフェスティバル」という音楽祭が催され、日本各地からやってきた5つの音楽・舞台芸術グループとともに、われわれもスウェーデンから参加した。今までのエコーの日本公演とは違い、今回はもともと知的障害を持つ人を中心とするグループのフェスティバルに、私たちは「ゲスト」として駆けつけるという形の音楽祭であった。

  小室等さんの演奏を交えた司会でステージも、ロック・太鼓・舞踏など交えまさに「自己表現」のパフォーマンス。恒例の「フィナーレ」では、前日の交流会でのあの「ウォー!明日、頑張るぞー。イェー!」という雄たけびが会場まで巻き込んで、「イェー、ロックンロール!」…。

  「なぜ、障害者ということで福祉の枠でやるのか」とか、「もっと枠を広げて、一般の演奏として商業的にやらないのか」、という声も聞かれる。商業的…、総勢21名のグループやその他の全部を引き受けてくれるところがあるのならそれも構わないいけど、みんな採算が合わないという。でも「ゆうぽーと」では、それが出来た。

  「障害者の芸術」ということばは、難しい。それは「健常者の芸術」という概念があってからこそ成り立つと思うのだが、そんな言葉は聞いたことがない。芸術という概念の中では、比べられないからだろう。でも、障害を持つという状況の中でなら、芸術論も成り立つ。いわゆる、「健常者」とは違う状況である。

  音楽に限らず、あらゆる表現は個性の具象化である。限られた状況の中では、表現の手段や方法も乏しくなるし、だいいち表現の場も少ない。だから、障害の垣根がなくなることは、周りの社会に垣根がないということが前提になってくる。

  音楽に限らず、そんな「文化」の中にあるグループには、そんな「自己表現の場」が、もっと必要である。また、それらのグループが集い互いの存在を知り、刺激を受けたり共感をともにすることも大いに必要である。そのような「交流」のステージは、必ず観客との共感を生むし、いろんな垣根もなくなってくる。だから、知的に障害を持つ人たちのフェスティバルというのも、表現すること、つまり「生きていること」へのマニフェステーションなのである。

 (注:Manifestation、表示) 98/03/12 この記事は、「JDジャーナル」に掲載されたものです。


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音楽活動のコミュニケーションモデルによる検討

-知的障害者自主グループでの実践から−

               

吉田 豊

はじめに

 筆者は,94年秋頃から三重県伊勢市において,「わくわく音楽教室」という自主グループで,知的障害のある成人と子どもに対して,月1回1時間程度、療法的な音楽活動を行ってきている。この教室では、多様なメンバーに対して,個別のやりとりを深めながら,それぞれが全体として一つの音楽活動を共有する事を目指してきた。
 ここでは,この活動をコミュニケーションの視点から,コミュニケーションモデルを使って検討することを試みたい。


1.グループの概要

 
 「わくわく音楽教室」はオープンセッションで希望者はいつでも参加できるが,成人と子どものそれぞれのグループで大体十名程度のメンバーが固定化してきている。
 セッションは,歌や楽器演奏の経験や技能がなくても十分に楽しめることが大前提である。メンバーは,障害の種別や程度はもちろん,音楽表現の資質や活動の意欲もばらばらである。少数だが音楽表現の技術にすぐれセッションをリードしていく人もいれば,すんなりとその場の音楽を楽しめる人も多い。その一方で,自己表現が困難でスムーズに活動に加われない人も何名かいる。


2・セッションの進め方


 セッションのプログラム構成は大体決まっていて,初めから終わりまで7〜8曲の歌をつなげて,あいさつ,動作,ダンス,歌,かけあい,楽器によるリズム遊びなどを行う。
 内容的には,みんなで合わせる活動(実際はもちろんばらばらな動きになるが)と,一人一人に対して呼びかけて表現を促す(あいさつ,楽器を鳴らすなど)活動を組み合わせて展開している。個別にリズムや呼びかけの言葉なども変化させながら,一つの曲としての枠組みを保ち,決まった方法だけでなく,どんなふうにでも楽しめるという気持ちを共有出来るよう心がけている。


研究の目的

 セッションでは様々な行動が見られるが,参加メンバーの具体的な動きについて,一連の活動をヤーコブセンのコミュニケーションモデルに従った記述を試みる。また,このモデルの構成要素に従って,コミュニケーション成立の経過や,自己表現の促進について考察したい。特に応答の困難なメンバーとのやりとりで重要と思われることを念頭に置いた考察を進めたい。


方法

1・ヤーコブセンのコミュニケーションモデル
 
 ルードの紹介によれば,ヤーコプセンはコミュニケーションを可能にするモデルとして6つの構成要素を提案している。即ち,発信者・受信者・メッセージ・コンテキスト(文脈)・コンタクト・コードである。コミュニケーションは,それぞれの構成要素が適切に機能して初めて成立する。
 発信者はコミュニケーションのきっかけを作る人で,受信者はその発信を受け取る側の人である。メッセージは発信者の伝えたい意味内容で,それを伝える具体的な手段がコンタクトである。コミュニケーションが成立するには,発信者のメッセージが受信者と共有するコードに従ったものでなければならない。また,コミュニケーションの場や状況などがコンテキスト(文脈)である。

          コンテキスト(文脈)

          メッセージ

  発信者・・・・・・・・・・受信者

          コンタクト

            コード

コミュニケーションの6つの構成要素


2・取り上げる曲とその活動
 
 セッション全体が,一つの流れの中で,様々なレベルでのコミュニケーションを実現しながら,進んでいく訳であるが,ここでは,個々の行動をより細かく把握するために楽器を鳴らして応答する曲,「音は何でも音楽になる」を取り上げて,そこでの活動を記述するところから始めることにする。


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 この曲は・簡単なメロディで音域は狭く,色々なキーで扱える。フレーズが短く変化も付けやすいので,メンバーの多様な反応をとらえて即興的にやりとりしていく上でも扱いやすい。また,音でやり取りをする具体的活動のイメージを持ちやすく,メンバーの活動への意欲と集中力は非常に高かった。
 通常,セッションは,テーマ曲の後一人一人まなざしを合わせて名前を呼びながらのあいさつに始まり,その後,曲に合わせて体を揺らしたり歌ったりする。メンバーは大体このあたりでリーダーとのやり取りに慣れ個性を発揮し始める。そうした雰囲気を作ってから「音は何でも音楽になる」に入る。   
 まず,思い思いの楽器を持ち,全員でガチヤガチヤガチヤとならし続け,リーダーの合図で止める。何回か繰り返すが,ガチヤ方チヤの時間を短くしたり長くしたりもするし,「強く」「だんだん弱く」などと指示することもある。続いて歌いながら「〜さんはどんな音」と呼びかけ,休符の部分でのソロ演奏を促す。その後「音は何でも音楽になる」のフレーズをみんなで楽器を鳴らして歌う。
 この活動の後,楽器を鳴らしながらみんなで楽しく歌うグループのオリジナル曲「ゴジラ」につなげる。


結果と考察

1.コミュニケーションモデルによる活動の記述
 
 コミュニケーションモデルの構成要素に従って,「音は何でも音楽になる」の活動について,どのようにコミュニケーションが成立しているかを記述し,それぞれの観点からセッションを進める際に重要であると思われることについて述べる。

(1) 発信者・受信者・メッセージ
 
 発信者は,とりあえず,リーダーとして呼びかける筆者自身である。受信者はメンバーの誰か一人とする。コミュニケーションは,本来双方向的なもので,受信者であるメンバーが音を出した時点で発信者に替わったわけだが,受信者の応答ということで記述を進めることにする。
 「音は何でも音楽になる」の活動では,まず,全体でガチヤガチヤガチヤと鳴らした後,個別の働きかけとして,「〜さんはどんな音?」と歌いながら呼びかける。これが,「私に続いて,あなたの持っている楽器を鳴らしてくださいよ」というメッセージである。

(2)コンタクト
 
 発信者であるリーダーは,歌いながら一人一人に向かって楽器での応答を促した。これを受信するメンバーは,障害に加えて,活動の意欲,個々の場面での目的意識,集中力,表現力,あるいはその日の気分も要因となって,一人一人の違いが現れる。こうしたことを考慮し,メンバー一人一人のその時点での様子を感じ取りながら,自然な雰囲気を大切にしたコンタクトに努めてきた。具体的には,目を合わせる,近寄る,耳元でささやく,などのほか・ケースによっては,いったん近寄って遠ざかる,ちらっと見て目をそらすようなこともしてきた。反応の弱いメンバーには,とりわけ慎重なコンタクトを心がけた。
 リーダーの呼びかけに直ちに反応してくるメンバーもいるが,応答までに時間のかかる人もあった。待つことは必要だが,例え実際の音は出なくても,応答しようとする意図がリーダーに感じられた時点ですでにコミュニケーションが成立しているのであり,音を出させることでのプレッシャーをかけすぎないことにも留意して進めた。

(3)コード

 コードは,この曲と活動を成り立たせるリズムなどのもろもろの音楽的なファクターであり,また,この曲でリーダーとメンバー個人がやりとりするためのお互いに了解しあえるルールでもある。
 
  セッションでは,一般的なコードでの応答が出来ることを目的としているのではない。その人独自の応答によって,音のやりとりが成立していくことが重要であり,その人自身の自由な応答が生まれることを期待して働きかけてきた。
 この曲の活動では,みんなが楽器でガチヤガチヤガチヤとならし続けることから始めてきた。この動作は誰にとっても楽しく容易であるばかりでなく,これによって,個々のメンバーが個別に音を出す場面でも,どんなふうにやってもよいというコードが伝わりやすくなったと考えられる。
 意欲も表現力も高いメンバーは,わざとリズムを崩して笑いを誘ったり,大きな音でリーダーを驚かせて喜ぶというような,積極的な応答をすることが多かった。これはリーダーとの間でコードを了解した上での即興的な応答で,しばしば音楽表現として独創的ですぐれたものであることもあり,非常に楽しいものであった。
 
  一方,音を出すタイミングを待ちきれずに,リーダーの音にかぶさって応答が始まったり,テンポやリズムが見失われるようなケースもあった。また,応答することに大きな抵抗がありなかなか音が出せない人もいた。
 こうした,一人一人のまちまちの反応により,曲全体が見失われる恐れもあるものの,どのような反応も肯定的にとらえ,リーダーが応じ返すことで,即興的なやりとりを成立させてきた。
例えば,全く音の反応がない時にも,そのメンバーの表情に共感を示しながら「音はなくても音楽になる」と応じ返したりして後につなげていった。
 多様なメンバーとの間でコミュニケーションを成立させるため,コードを可能な限り幅広くとらえ,あらゆる反応を一つの音楽の活動として共有しあう柔軟な応対に心がけた。

(4)コンテキスト

 この活動が「わくわく音楽教室」というセッションの場で行われていること自体,大きな枠組みを提示していて,最も基本的なコンテキストとなっている。
 プログラムの流れの中では,言葉による指示はほとんど必要なく,リーダーによるギターのイントロだけでスムーズに「音は何でも音楽になる」の活動に入ることが出来た。メンバーは曲と活動を飲み込んでいて,リーダからの僅かな音の響きの提示だけで,コンテキストが一気にグループ全体に共有されるようになった。
 このコンテキストの内容としては,曲自体がよく分かっていて,適切に応答するタイミングをとらえることだけではない。それと同時に,個人個人がどのような反応をしても肯定的に受け止められることも含まれている。
 従って,ここでのコンテキストとは,曲や活動の内容だけではなく,セッションの雰囲気そのものでもあった。個別には応答が困難なケースでも こうしたコンテキストの助けにもより比較的容易にコミュニケーションが成立していったと思われる。
 
 リーダーは,個別のやりとりを絶えず全体にフイードバックしながら,みんなで,同じ曲を共有していることをその都度確認してきた。曲自体の持つ楽しさや心地よさを最大限に生かして,全体で一つの演奏を進めているという意識が,グループとしてのコンテキストを形成していったと考えられる。
 また,この曲では,個別のやりとりを軸に活動が展開するが,リーダーと一人のメンバーとのコミュニケーションの過程は,それ自体が一つのメッセージとして他のメンバーへ働きかける機能も果たした。例えば,メンバーによっては,自分の番になったらこうしようと,意欲を高めている様子も見られた。逆に,応答に消極的なケースでは,やらなくても進んでいくということをぼんやりとでも見ていることが,自分の
存在がその場で肯定されている安心感につながったとも考えられる。つまり,別のメンバーとリーダーとのやりとりを見て,順番を待ちながら,やりとりのコードがきわめて自由なものであることを了解していったのである。
 以上のようなことを考えあわせ,コンテキストは,活動のバックボーンとなる機能を果たしつつ,同時に,一つ一つの活動によってグループ全体で形成されていくものであると言える。


2.コミュニケーションの成立と展開

 
 「音は何でも音楽になる」を始める時点で,メンバーは,それぞれが思い思いの楽器を手にしている。楽器を選ぶ基準は,形状,音色,操作など,様々に異なっているのであろうが,個々人の選択は大体決まっていた。鳴らし方もその人独自の個性が出て,音がその人自身を表していることが十分に感じ取れた。
 どの楽器を選び,どう音を出すかは自由で,メンバーにとっては楽しみでもある一方で,自ら選んだ道具で自分だけで音を出す緊張場面ともなる。人によっては,音での応答はもちろん,楽器を手にすることさえもスムーズにはいかない場合もたくさんあった。
 
 ここで大切なのは 応答としての音を出すことを求めるのではなく,まず受信者であるメンバー自身に,その場に受け入れられているというメッセージを体感してもらうことである。スムーズに音が出ないケースも,その背景は内容的には個々別々であり,音を出せないからといって,活動に参加できないのでは決してない。例えば,どぎまぎした態度や,拒否的な表情を示しつつも,楽器を手にしている場合もあり,何とか活動に加わろうとする気持ちはくみ取れることも少なくなかった。また,応答を拒否する表情にも強さや緩やかさの様々な段階があり,セッションを重ねることで,メンバーの態度の変化やその日のその時点での気分が十分に伝わってきた。
 
 リーダーの呼びかけに応じて音で返答するというのは,本来,音楽の中で区切ることの難しい一連の流れであるが,コミュニケーションモデルの各機能の観点からは,まず,発信者のメッセージを受信者が了解し,次の段階として,受信者が,コミュニケーションのコードに従い,新たなメッセージを発信していると考えられる。
 自己を表現することの気持ちの負担を考えれば,どのような状態であれ,メンバー自身が活動のコンテキストの中に受け入れられていることを感じてもらうことが,まず重要であり,このことが確かめられればコミュニケーションは成立していると言える。
 なかなか応答できないメンバーにはゆったりとした雰囲気で待つことも重要だが,この時,余りに長い時間を費やすと音楽が途切れたり,別の活動になってしまう恐れもある。これは,全体のコンテキストを違う方向に進めることになり,適切ではないと考えられる。


3.自己肯定の促進

 
 この活動の中で,意図とは別に出てしまう音があった。また意図して出そうとしたようには音が出ないことも少なくなかった。これは一面では楽器操作の巧緻性にも関わることだが,たまたま出てしまった偶発的な音も,決して失敗ではなく,かえって面白い音であり,みんなで楽しもうとしてきた。
 もちろん,メンバー自身が得心がいかず,やり直したい時は,当然それを認めるが,基本的には,どのような音でも決して間違いや失敗ではなく,その時々の生きた音だと感じあうことを大切にしてきた。
 また,後ずさりやため息といった応答することに対するネガティブな態度がみられた場合にも,これを肯定的にとらえて,リーダーがその音を真似て増幅したりしてみんなに知らせ,「楽しいメッセージを受け取ったよ」いう気持ちで,歌を続けてきた。
 
 この活動のコードは全ての反応がOKであるという点に重要なポイントがある。こうした偶発的な音は必ずしも本人の意志によるものとは言えないが,「音は何でも音楽になる」というコンテキストの中で生まれたことで,みんなでその行為と音を音楽として認めることが出来た。そうしたことを積み重ねることが,自己表現の苦手なメンバーにも自己肯定的な気分を育ててきたものと考えられる。
 また,この活動は全員で音を自由に鳴らすことから始める。そして,リーダーの合図で全員が音を止める。その瞬間の静けさを体感する事は,グループの一体感と自分の存在感を自然な形で感じることにつながる。この時点で何もしなかったり,音が非常に弱々しいメンバーもいた。彼らは,まず,全体の音に紛れたり隠れたりしながらも,音のやむ瞬間には,自分もそのグループの一員としての一体感を味わってきただろう。これは,この曲のコンテキストの中で自分を感じ,次のメッセージへの応答という表現にもつながりやすいものと考えられる。
 
 このように,リーダーからのコンタクトに村して,一般的な応答を引き出そうと援助するのではなく,あくまでも自分なりの反応を大切にしてやりとりを進めてきた。コードを柔軟にし,あらゆる反応を肯定的に捉えていくことは,やらされたりおつきあいでなく,自分の中にある表現,つまりは,そのメンバーの新たなメッセージを生み出し,ひいてはグループで音楽を楽しむコンテキストを豊かにすることにつながってさたと考えられる。


おわりに

 コミュニケーションの成立について,ヤーコブセンのモデルを使って検討したが,メッセージに対する応答は,新たなメッセージの発信であり,その循環が進むことによってコミュニケーションが展開する。今回,コミュニケーションモデルによる検討からは,とりわけ,コードとコンテキストの視点で活動を見直すことの重要性を学んだ。音楽の即興性を生かすことによって,やりとりのコードを,メンバーにとって可能な限り抵抗の少ないものにすることが出来,その活動の自由な雰囲気によって醸成されるコンテキストが,また,メンバーの意欲を促しコミュニケーションを活性化している。
 
 ここで考察の対象として取り上げた活動は,非常に短いやりとりであるが,実際のセッション全体の流れの中では,時間の経過に伴う気持ちの高まりを適切に捉え,コミュニケーションを豊かなものにしていく視点が一層重要である。
 また,今回,リーダーとメンバーとのやりとりを中心にコミュニケーションを考えたが,コンテキストを形成するファクターとして,グループのメンバー相互の関わり合いも重要なものとなることはいうまでもない。多様なメンバーの一見相容れないような活動を包含しつつ,お互いのコミュニケーションを深めることによって,豊かな音楽にまとまっていくための具体的な手だてを,実践において,よりきめ細かく把握していきたい。

文献
1)Even Ruud:Music Therapy and its Relationship to CURRENT TREATMENT THEORIES.Norsk MusikforlagA/S,Oslo,1978.

(村井靖児訳:音楽療法.ユリシス出版部.P94−95,1997)


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吉田氏の論文へのコメント

-コミュニケーション理論の適用をめぐって-


村井 靖児 (国立音楽大学)

 吉田氏の論文は,年齢,知的発達度の異なる2つの知的障害者集団に対して,自由参加で行っている音楽療法の1場面を,コミュニケーション理論を用いて考察したものである。発表当日は,コメントと一緒に,ルードのコミュニケーション理論についても解説したので,今回も,その線に沿って述べさせていただく。


1)ルードの理論


 ルードは,「音楽療法 理論と背景」のなかで,彼自身が14才のボーダーラインの少年に行った即興による個人音楽療法の治療のプロセスを説明する目的で,ヤーコブセンのコミュニケーションモデルを引用している。
 少年は,知能は正常であるが,極度の情緒不安を呈し,意味のある会話がほとんどできない。ルードはその少年が以前にピアノのレッスンを受けたことがあるという彼自身の言葉から,ピアノを用いた即興音楽療法を実践する。
 彼は楽譜の演奏には一切興味を示さず,ディスコ風のスタイルだけに関心を示し,ピアノ連弾を試みると,セラピストの音楽的働きかけを無視し,ディスコ風の4度と5度の和音のリズミックな反復に終始した。
 ルードは彼との音楽的対話を可能にしようと努力し,様々な過程を経て,やっとセラピストの音楽に旋律的な対応ができるようになる。その手探りの中で確立していった音楽的交流のプロセスの説明が,音楽の情報理論によって最もよく理解された。その基礎理論として,ヤーコブセンのコミュニケーション図式が用いられているのである。
 つまり一人の少年の音楽的対話の進展(=治療の進展)の全過程を説明するために,情報理論及びコミュニケーション理論が最も役だったのである。
 筆者は本書を翻訳して以来,即興音楽療法における主要治療モデルとして,情報理論を考えてきた。一人の人間の発達の歴史が情報理論的に理解することが非常に有用なのである。


2)吉田氏のコミュニケーション理論の適用


 今回,吉田氏は彼のセッションの1部である「音は何でも音楽になる」の集団的展開を説明する概念として,コミュニケーション理論を取り上げた。そして彼のその理論の適用は実にうまく成功している。つまりヤーコブセンの発信者,受信者,コンテキスト,メッセージ,コンタクト,コードなどの言葉が,うまく子どもとの対応の中に位置づけられている。
 
 ルードのコミュニケーション理論の適用が個人の「発達」の中の時間的な縦の流れに視点を当てたとすると,吉田氏のは,発達の程度の異なる子どもたちの集団の中で,個々の子どもに関わる横の関わりの面に視点を当てていると解釈でさる。
 西洋的な個人音楽療法の流れの中で展開したルードのコミュニケーション的分析が,集団療法場面の中での横の展開に利用されたという意味で,大変興味深い発想の転換を吉田氏は行っており,そこが西洋と日本の違いなのかもしれないと考える。
 
 私は吉田氏のこの研究を,日本の音楽療法の全体的特徴の1現象だと見たいのである。吉田氏だけでなく,多くの日本人がこのような発想の仕方をする。個に目が行くのだが,それが個人音楽療法の方へと,じっくりと且つ論理的に展開させようとするのではなく,どうしても,集団に考えがとらわれ,集団を生き生さと展開させること,集団の中で個が育っていくという観点の方に力点が行ってしまう。これは吉田氏だけではなく,日本人の資質の中に,そのような方向に傾く傾向があることを指摘しているのである。 
 
 しかし1言追加すれば,コミュニケーション理論はどの音楽プログラムにも通用するはずのものであるから,吉田氏が特にこの曲を異質集団の扱いの中で取り上げた理由が何故なのか,筆者なりに憶測してみたいと考えた。もちろんこの曲の構造が持つさまざまな要素が,まさに集団内での子どもとの個人的関わりを可能にする有利な点を含み,集団を扱う音楽療法家が,いつもそこに治療としての積極的な意味を見出すことがでさることは容易に理解できる。
 しかしそのことは,日本の音楽療法が,言ってみれば,集団をいつも扱うことを迫られ,それをセラピスト側が許容してしまっているという日本的構図の弱点を含んでいることを示しているのではなかろうか。本当は個人を見なければならないことを知っているので,その弱点をカバーするために,いつも日本の音楽療法士が打開策として講じてしまう方法の一つなのではないだろうか。
 
 この吉田氏の発想の中から,読者は,ある音楽形式が持つ集団を個として扱うとても適切な例を見出し,それを自分の音楽療法のハウツーの中に加えたいと思う。集団内で個が生さ生きと関われる音楽構造に巡り会えたことを喜ぶ。しかもそれを説明するのが,ヤーコブセンのコミュニケーション理論である。だが本当であったら,ここでヤーコブセンのコミュニケーション理論はでてこなくてもいい。先にも言ったように,コミュニケーション理論はすべてのコミュニケーションについて認められるからである。
 だから今一度,何故とりわけこの曲であったのかということを考えてみたい気がする。
 
 ヨーロツパの音楽療法で,最近ビオンの精神分析的な考え方が非常にもてはやされている。彼の作り出した言葉の中に,コンテインメント,あるいはコンテナ機能(受け皿機能)というものがある。それは,要約すれば,相手が出してくるさまざまな感情の表現,それは相手がその感情を自分の中に持ちこたえられないから出してくるのだが,それをセラピストが受け取り受容する,その受容されたことの実感が,相手を安心させるというものである。
 このビオンの理論を適用すれば,歌は何でも音楽になるというフレーズは,変わらないものとしてそこに厳然と存在するから,クライエント側のどのような変化する感情の表出に対してもコンテナとして受け入れることが出来,逆に異なる能力の子ども達が自己の表現を迫られた時,安心して自己の感情を表出できるのだと説明出来るのではないだろうか。そのように筆者は説明してみたいのである。
 
 こうして私たちは,この曲の構造が集団内の個人に働きかける多くの利点を含むことを知らされる。そして今後の課題として,個々の子どもの縦の発達を促す更に大きな課題が見えてくる。それが長い個との関わりになることは言うまでもない。この一歩進めた歩みが,これからの日本の音楽療法にとって必要なもう一つの視点なのだということを次に吉田氏に考えていただきたい。それは同時に,私たち自身の努力目標でもある。
 
 最近個人音楽療法に対する関心はますます強くなっている。その意味で日本の音楽療法も西洋のレベルに近づいている。その方向をこの後も続けると同時に,一方では,日本的集団療法的音楽療法をもっと精緻に形成することもないがしろに出来ない。
 そのような曲がり角に立つ日本の音楽療法への一つの役割をこの論文は果たしてくれていると考える。


「音楽療法」2000年 第10号 P37−44
編集 「音楽療法」編集委員会  発行 日本臨床心理研究所(代表 松井紀和)


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音楽療法の危機介入について


宍戸 幽香里

はじめに

 筆者が知的障害児・者の音楽療法の世界に足を踏み入れ、20数年が経過した。当時は音楽療法という言葉も珍しく、勉強、研究するにもそのモデルとなり得る人が皆無に等しく、また参考文献もほとんど手に入らず、長い間暗中模索の状態であった。そして、一番不安だったのが自分で行なっているセッションがセラピーとして成立しているか否かが他者から確認が取れないことだった。対象児・者もその母親、施設の職員も毎回楽しみにしているというのがせめてもの救いだった。しかし、セラピーという視点からすると、対象者に対して音楽がどのように影響するのか、またなぜ音楽でなければならないのか等、年数を経るにつれ疑問は深まるばかりだった。
 このような時期に他職種からの意見を積極的に求めるようにしながらセラピーとは何かを追及しつつ現在に至っている。

 この間に、他職種から共同作業をしてみよう、連携を取りたい等の申し入れがあり、これらの経過からそれまで疑問に思っていたことの大部分が明確になってきた。現在では他職種も音楽療法に大変興味を持ち始め、実際に音楽を使用する人も増えている。
 このような状況から、例えば、音楽療法と称しての活動内容と音楽活動と称している内容とは何が違うのか。またその効果はどのように違うのか等の意見が活発になるのは当然の事である。
 これらの意見の中には音楽療法に対して常に好意的なものばかりでなく、むしろ最近は音楽療法そのものが論じられる以前にセラピスト個人が抱えている問題性に焦点を当てた意見が多くなっていることを感じる。
 
 「音楽療法だから何をやっても許されると思いこんでいる。」「音楽療法と称して、セラピスト自身が対象者からの賞賛を求め自己満足している。」「セラピスト自身が常に防衛と緊張があるのに対象者がリラックス(解放)するとは思えない。」「一般社会では通用しない人が音楽療法の業界には多いようだ。」等々。

 そして、某大学の障害児心理学の教授から「現在日本の音楽療法士の中に危機介入できる人は居るのか?もし居るとすればその人たちのバックグラウンドは何か?」等尋ねられた。筆者自身が常に対象者に対して配慮していることを具体的に話をしたが、これまでのような配慮でよかったのかどうか新たに検証せねばと思った。
 今年4月、日本での音楽療法の資格認定者が誕生したが、このことによりこれまで以上にセラピスト自身に関することも含めて音楽療法全般に関する意見が一層辛辣になることが予想される。従って、いかに危機介入できる実践力のある人を育てるかが今後当協会にもとめられることと思われる。


1.危機介入とは

 危機介入(crisis intervention)とは、危機援助法、危機対応、緊急処置等訳されている。
 危機の語源はギリシャ語のクリシスで英語のデンジョンに相当し、行動の方針などに関する決定、決断を意味する。危機理論、危機介入の方法は、1960年代後半以降アメリカ社会の急激な社会変動により人々の生活に様々な問題と緊急性を生み出した。これらの現状に緊急かつ即物的なサービスでの対応に迫られた。危機介入はできるだけ多くのニーズに応えるために、時間と費用を節約して効率よく援助するために生み出された方法である。
 最近、我が国でも危機理論、それに基づく援助技法としての危機介入方法を導入、地域精神衛生、医療、看護、心理学、ソーシャルワーク等の臨床家達の間でその有効性が広く認められるようになってきている。

 我々も一生涯何事もなく幸せに過せることはほとんどなく、いつ危機状態に陥るか予想がつかない。危機には予期できる危機と予期できない危機に分類される。いずれの理由にしても危機状態にある人とは情緒的に混乱し窮地に陥っている人、またその恐れのある人と考えられる。音楽療法の対象になる人はその大半が心身に何らかの疾病、疾患をもっておりそれ自体が不安であり、ましてや生活面、対人面で自分の意思や行動が制限されることにより一層不安、危機感に見舞われることであろう。
 例えば知的障害児・者のパーソナリティーは脳障害や高次神経活動の不活発性、体型等自分の力、努力だけでは如何ともしがたい宿命的な原因によってほぼ決定付けられているものの早期からの人間関係でさらに歪められていることが多い。
 従って音楽療法は、個人がもっている疾病、疾患による二次的障害の予防、改善を目指し実践することそのものが危機介入をしていることになると思われる。


2.音楽活動は危機状態をつくりやすい

 当協会が定めた音楽療法の定義は「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質向上に向けて、意図的、計画的に活用して行なわれる治療技法である。」
 これは音楽の諸機能を利用して対象者の現在の行動を望ましい行動に変化させることを意味している。しかし現状は音楽に諸機能があるということをほとんど意識してないかまた、それは知識としてのみ知っており臨床場面では全く応用されてないことも多々見られる。
 音楽の諸機能のひとつに「音楽は直接情動に働きかける」ということがあるが、これが人間の生理的、心理的な部分へ直接関与することである。これは他の刺激では得られない、音楽ならではの刺激の入力ルートである。
 従って対象者の障害、知的レベルがどんなに重くても音、音楽にはより反応しやすいため、他のセラピーよりも早期に、より深く介入できる所以でもある。
 また逆に音、音楽が対象者にとって過剰な刺激であったり、情緒がゆさぶられすぎると生命を脅かすことにもなりかねない。
 特に、集団場面では情動の伝染性ということを常に考慮しての音、音楽使いが必要である。例えば、対象者の一人が興奮するとそれを見ている対象者が混乱しその集団が混乱状態になることが多い。
 どのような状態でも音、音楽の刺激は自分の意思では遮断することはできず、刺激の選択と抑制をすることが困難である。これらのことから、音、音楽の刺激そのものが危機状態を招きやすいと思われる。


3.危機状態にある音楽活動の事例
(事例1)

 自閉症および自閉的傾向学齢児5名、グループセッション、リーダー1名、アシスタント4名。対象児は全員比較的状況理解はよく簡単な言語指示は理解できる。また中には言語での応答性も見られるが、4人は衝動的な行動が多々見られた。残る1人は緊張で全身が固まった状態、顔の表情はひきつっていた。これは、音楽活動が始まるまでの筆者が観察した状態である。

(1) 活動場面での対象児の様子

 4人は活動時間のほとんどは部屋の中を走り回っていた。残る1人は4人が走っていると部屋の隅にうずくまるように座り、時々他児の様子を見ていた。4人の対象児はピアノの上に置いてある楽器の入った袋2つを交代で引きずり落とす。それを制止しようとするアシスタントの手を払いのけたり顔面に唾を吐く対象児もいた。うずくまってる対象児はセッションの間誰からもほとんど注意は向けられなかった。全員が参加できていた唯一のプログラムは活動の最後に母親と対象児が参加したフォークダンスであった。
 楽器演奏については集中時間がどの対象児も短かったが、中には楽器を交換したり自分の耳元に楽器を近づけ自分の出す音を聞こうとする行動も見られた。うずくまっていた対象児は楽器を持っても音を出す動作は見られなかった。

(2) リーダーの様子

 最初と最後の挨拶の時のみ対象児と顔を合わせ後はずっとピアノを引き続けていた。対象児が何度もリーダーの背後から手を伸ばしてピアノの上の楽器袋を引きずり落とそうとしていてもピアノの音が中断することはほとんどなかった。またアシスタントへの指示も全くなかった。

(3) アシスタントの様子

 対象児各々の行動停止へ向けてのアプローチに徹していた。唾を吐きかけられたり楽器を投げつける人もいたが、場面を何とか構造化しようと試みている人もいた。しかし努力は実らなかった。

(4) 音楽について

 リーダーが弾くピアノの音楽のみだったが対象児4人の行動特性と思われる注意集中困難、衝動的な行動を助長するための音楽であった。どの曲もテンポが速く曲想はおろかほとんどの音がffまたはfばかりであった。リーダーは自分の出す音に陶酔している場面も見られた。うずくまっていた対象児が唯一自発的行動をとったのはピアノの音が強くなるにつれピアノからより遠くに移動したときだった。

(事例2)

 知的障害学齢児3名、リーダー1名、ピアニスト1名、アシスタント3名。事例1とは全く違う美しいメロディーを使用し、静かでゆったりとした時間が流れていた。が、ある瞬間、ダウン症女児がそばにいたアシスタントの長い髪の毛を手に3回巻きつけ、根元から引き抜くべくタイミングをとり力を入れた。引き抜いた黒髪を自分の顔の前にかざし、ひらひらさせながら、薄笑いをしていた。その状況の中誰もが無表情で声ひとつ出す者もおらず、メロディーがその情景を一層際立たせ、何事もなかったように活動は終了した。対象児の笑顔が見られたのは「さようなら」の歌を歌うときのみ、2人の対象児は出口で靴を履くのももどかしく、靴を両手に持って飛び出した。


4.危機状態を見極める能力と危機介入

 対象児が危機状態であるか否か、危機の程度、その原因等を見極められる臨床家はどのような対象者とも信頼関係を築くことができる人である。

(1) 対象者理解

 対象者を理解するときは、一般的に身体、医学的、心理的、社会的側面からであるが、音楽療法場面で直接関係するのは身体、医学、心理的側面であろう。特に、対象者のその時の心理状態を見極め、その行動を分脈の中で理解判断するためには発達、臨床心理学の知識を十分持っていることが必要である。

(2) 観察、洞察力

 対象者の心理状態をその時々で瞬時に見極めるためには、非言語動作の解読をせねばならない。この解読法は意識的に習得、学習するものではなく、母子関係の中で自然にはぐくみ養われるものである。従って、多くの知識を持っていても解読法が臨床家に備わっていなければ表面的な解釈にとどまる。「臨床家としての資質」が問われる所以がここにある。また、非言語コミュニケーションは言葉の代役ともなり優れた臨床家は言葉と非言語動作の矛盾を見抜くことができる。そして言葉に惑わされることなく対象者の僅かな心の動きを察知し本心を洞察することができる。

(3) 自己分析ができる

 まず自分は本来どのような人間であるか、また行動と意識が一致しているか、意思をフィードバックできるか、どのような感情に反応しやすいか等自己モニタリングする必要がある。他者の心を理解しわかる、感じるまでに達するには、自分の心の状態がわかり、感じることができそれを言葉でフィードバックできることが必須である。

(4) 対象者の立場にたって考えられる

 これは(1)(2)(3)が備わって初めてできることであり、特に臨床場面では無意識で対象者に関わることが多い。従って、通常の日常生活においての個人の考えや振る舞いが臨床場面で露呈することになる。「セラピーの内容はセラピストの人格そのものである」と言われるのはこのためである。危機状態を見極め判断する基準は臨床家自身の価値観に帰することが多いため、臨床家自身の生い立ちを振り返ることの必然性を痛感する。
 事例1、2で述べたリーダーは2人とも当時音楽活動歴10年を越えていた。各々が勤勉であったことは認められるが、リーダー自身の人格に問題があることを感じた。
 2つのセッション場面での対象児の行動は全く違うように見える。しかし、リーダー2人の共通性は各々の不安定さと防衛、それによる対象児とアシスタントを無視、切り捨てる行為であった。そして色々質問すると答えが全て曖昧で、自己合理化することだけは明確であった。また人間しか持たない羞恥心のかけらも見られなかった。
 危機介入ができる人、それは自己が確立していること、それが全てである。


5.スーパービジョンのすすめ

 日本では音楽療法の歴史が浅いことから、有能な臨床家としての音楽療法士が少ない。このような現状でも先輩後輩としての関係の中で相談する、相談を受けることは日常的にある。しかし個人もまたその周りの人も気がつかないことも含めてアドバイスできるには専門の技術が必要である。自己を見つめる作業の手助けができる人を捜し求めることは臨床家としての自覚と自己の発達を促すことにもなる。スーパービジョンを受けることによりどのような生い立ちであり改善できることは少なくない。改善の程度によっては仕事の内容、範囲(領域)をも示唆してもらえるだろう。資質と限界の見極めも臨床家自身が把握しておくことは重要なことである。


6.まとめ

 「音楽療法の危機介入」というテーマを与えられ、この原稿を書き上げるまで苦しみの連続であった。それは自分の生い立ちと現在の自分をこれほど集中的に問い返すことは過去にはなかったからである。危機介入できないリーダーの事例を2つ挙げたが、この他にもこれに類似した多くの場面を見聞きした。これらの人たちは程度の差こそあれ精神的に未熟であり、中でも認知的な偏りを持っている人もいると思われる。従って、自分を見つめ直すとき日常生活でどのようなことが難しいか、自分の生い立ちを振り返るとき幼児学齢期に身近な人たちからどのような特徴のある子どもだったかを今一度確認する必要があるだろう。その上で新たに今の私でも無理なくできる仕事の内容は何か?を再考することも人生設計には大切なことと思われる。
 ユングによれば「職業や肩書きの同一化は人を引きつけずにはおかない誘惑的な側面を持ってしまう。この殻の背後に人格を求めても徒労に終るであろうし、見つけ得たとしても、それは惨めでちっぽけな人物にすぎないだろう。まさにそれ故に職業というのは非常に誘惑に充ちたものなのである。」(小川、1983)


参考文献

1)丸野俊一編:現代のエスプリ314「自己モニタリング」.至文堂、東京、1993.
2)斎藤友紀雄編:現代のエスプリ351「危機カウンセリング」.至文堂、東京、1996.

臨床音楽療法協会、平成9年11月19日発行、「音楽療法研究」第2号別刷


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父のそばにいて感じたこと −音楽に関して−


平林 真紀

 私の父は、母親や姉などが音楽を職業とする環境で育ち、自らも大学時代にコーラス部に所属し、また家にレーザーディスクのカラオケセットを置くくらいのカラオケ好き、音楽好きでした。

 そんな父だったので、肺がんという宣告を受け、手術で片肺を切除し、退院してからも「リハビリ」といいながら母の弾くピアノに合わせて昔歌った世界の愛唱歌を歌ったり、ベッドで休みながらCDを聞いたり、と音楽とともにガンと戦っていたようでした。
 
 もう先も見えてきて、最後の入院となった病院の部屋では、個室ということでCDデッキを持ち込んで、少しでも病気の苦しみや不安を紛らわせることができれば、と父の好きそうなCDや癒し系のオムニバス、自然音のCDなど、父の調子に合わせて私が選んでかけていました。病気から救うことはできないけど、少しでも気持ちが楽になれば・・・・。
 
 私は音楽療法士で、将来はホスピスでも音楽療法をやってみたい、なんて考えも持っていたので、父の邪魔にならないよう音量や曲種にも配慮して音楽を流していました。
 ある日のこと、モーツアルトを聞いて「いい曲だなあ」と言ってくれたときは、つらいことばかりの毎日の中にそういう気持ちが父の中に起こってくれたことに感謝しました。
 
 ところがその次の日、眠っている父の病室に違うクラシックの曲をやはり静かに流していたところ、いつのまにか目を覚ましていたようで、急に「なんだこの曲は。俺は音楽なんか大嫌いだ。」と腫瘍の脳転移でよく廻らなくなった口で珍しく大きな声をだしました。
 あんなに音楽が好きだった父が「大嫌い」と言ったことや、そう言わせてしまった自分のいたらなさに落ち込んでしまい、その後何日かは音のない病室で過ごしました。
 父も後悔しているんではないか、と思いながらもまた怒られることへの恐怖が大きく、そんないきさつを知らない母がもらったというCDを病室でかけているのを聴くまで、私からはCDをかけることはできませんでした。

 「なんだ、音楽かけても怒らないんだ」とわかり、でも恐る恐る「これかけてもいい?」などと聞きながらまたCDをかけるようになりましたが、父の病状が進むとともに、やはり聴きたくない音楽はかえって邪魔になるようで、次第に音楽をかけるということは減っていきました。自分の無力感を感じました。

 父の最期の数日は、「鳥のさえずり」、「ケラマ諸島の波」、「小川のせせらぎ」、この3つの自然音を録音したCDのみ流すことができました。
 「鳥?それともケラマ?小川?」というように私が質問すると、そのときの気分でそのいずれかを選んでくれました。どんな音楽も自然の音にはかなわないのかな、と思いました。

 血圧の上が60代に落ち、「このまま上がらないようだと今晩から明朝です。」と主治医に宣告された夜。祈るような気持ちで1時間ごとに血圧と熱を測りに来る看護婦さんから発せられる言葉を待っていました。

 そんな時、毎晩8時になるとベッドの上から流れてくる病院で流している音楽が始まりました。
 父が嫌がるので最小の音量にしていたその曲は「Beatiful Dreamer」。

 この曲は父が学生時代に何度となく歌った曲で、自宅でも母の伴奏で毎日歌っていた得意曲でした。
 「なんて偶然」と思いボリュームを上げていると、親戚への連絡のため、電話をしに行っていた母が走って戻ってきて「聴こえる?パパの曲よ。」と興奮して言っていました。 
 もう声をほとんど発することのなくなっていた父もうなずいて「聴いているよ」と教えてくれました。

 1曲目の「Beatiful Dreamer」の後も、その日は父の好きな曲ばかりまるで父のために選曲してくれたような曲が続き、ずーと60代が続いていた血圧が急に80代まで上がりました。

 病室の一同はほっとし、これで峠は越えたと胸をなでおろしたものでした。

 9時になるとその音楽放送は終わり、また小川のせせらぎのみの静かな病室に戻り、それとともに父の血圧も再び60代に。その後は50,40と看護婦さんが測りに来るたびに落ちていきました。

 次の早朝、父は亡くなりました。

 死に瀕した人間に音楽を受け入れるような余裕はないんだ、と思ったこと、他の波の音ではなく、「ケラマ」の波の音にこだわっていた父、最後に大好きな曲が思いがけず流れてきて血圧が上がったこと・・・。
 最後の入院から1ヶ月弱、父のそばに毎日いていろいろなことを感じた中で、音や音楽に関することを書いてみたくなりました。

 
この文は、先月(10月)に癌の病で亡くなられたお父さんの側で看病を続けた、平林真紀さん(音楽療法士)が書かれた追想文です。
毎日、弱って行くお父さんを見守りながら、「病気から救うことはできないけど、少しでも気持ちが楽になれば・・・。」と、

お父さんの好きだった音楽で慰め続けた平林さんに、音楽を愛する一人として、心からお悔やみを申し上げます。


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心身の健康に活かす音楽療法

・・・前期高齢者の音楽クラブ活動を通して・・・


有田 昌代 (千葉県厚生年金受給者協会婦人部会音楽クラブ講師) 

【はじめに】

 「高齢社会白書平成12年版:総務庁編」で我が国の人口の高齢化速度を見ると、65歳以上の人口が総人口に占める割合(高齢化率)は、1970年には7%(高齢化社会)であったものが、1994年には14%に達した。その所要年数が24年というのは、他の先進諸国に比べて極端に短くなっており、我が国は事実上の高齢社会となった。さらに1999年10月1日現在では、高齢化率が16.7%になり、平均寿命の伸長や出生率低下を反映して2015年(平成27年)には25%を超えると見込まれている。(20%を越えると超高齢社会と呼ばれる)

 これまでは65歳以上をまとめて高齢者と呼んできた。高齢社会とは、人口に対する高齢者の比率が高いことを示すが、少子化の現実とも併せて、日本では長寿を喜ぶより、将来を悲観する展開ばかりが語られることが少なくない。しかし実際には元気な人が多く、中年と比べて肉体的、特に精神的には遜色がないのも事実であろう。そして従来の痴呆、寝たきり予備軍という高齢者像にはあてはまりにくくなっている。高齢社会の本質は高齢人口の数の変化だけでなく、その質も変化しつつあると考えられる。

 その中で前期高齢者(75歳未満)と呼ばれる世代は、近付きつつある本格的な老いの実感や子供の巣立ち、定年といったいわゆる人生の転機にさしかかって揺れ動く時期と言われる。この世代の心情に訴え、共に成長をはかるアプローチは充分に実践されてきたであろうか。筆者の周りのこの世代を対象にした音楽活動には、コーラスを始めカラオケ、大正琴などが見られる。そこでは技術習得のためのレッスンが多く、受講生は受身であることが多いように見受けられる。それらとは違った自由な展開の音楽療法的活動にも意味が見出せるのではないだろうか。

 筆者はこの世代の健常者と音楽クラブという形で活動の機会を得た。メンバー達の様々な反応から、人間と音楽のあり方や音楽療法を再認識することになった。またこの世代は健康増進や社会活動参加に対する意識が高いことも、前述の「高齢社会白書」に数字として表れている。このような事実を踏まえて、今後は障害や病気を持った人達への対応だけではなく、音楽療法を心身の健康や社会活動参加へのひとつの方法として活かすような取り組みが増加するのではないだろうか。さらに近い将来、超高齢社会を迎えるにあたって音楽療法の活かし方は、多角的に展開できる可能性が大きいと考えられる。

【目的】

 音楽療法が心身の健康や生きがいにどのように活かせるのか、を@メンバーの参加率A筆者作成のアンケート調査、からその結果を報告し、毎回の実践記録も参考に分析して、高齢社会に役立てる。

【方法】

対象:年金受給者である概ね60歳以上の男女(平成12年7月現在男性4名、女性11名)

場所:千葉市内の公園内集会所

頻度:原則として月1回、午前中約90分

期間:平成10年6月から平成12年7月までの活動回数31回

活動の目的:

1.音楽を楽しみながら、音楽でボランティア活動を展開したい、というニーズに応える。

2.メンバー相互の交流をはかる。

3.心身の活性化をはかり、健康を維持するひとつの手段につなげる。

4.ボランティア活動を「社会貢献型生きがい対策推進事業」* として展開してゆく。

*各県にはそれぞれ厚生年金受給者協会があり、全国組織として「社団法人全国厚生年金受給者団体連合会」がある。
ボランティア活動を推進事業として揚げている。

活動内容:

1.導入(使用曲目例)

@ストレッチ・リラクセーション
 様々な音楽に合わせてのストレッチ、脱力、肩叩き、手遊びなど。

A発声練習
 体が楽器として音が響いていることを実感したり、呼吸や姿勢を意識する。

2.歌唱活動(特にメンバー達が好む曲)

 過去の回想、自己表現や感情の発散、ハーモニーを楽しむ。

@四季それぞれの童謡・唱歌(春よ来い・夏の思い出・赤とんぼ・たき火・荒城の月、など)

A歌謡曲(川の流れのように・上を向いて歩こう・好きになった人・高校三年生、など)
 時にはイントロクイズも取り入れる。

Bリクエスト曲(Believe、など)

C各季節の合唱曲をレパートリーとして仕上げる(花・夏の思い出・紅葉、など)

D当て振り(好きになった人、など)

E交互唱(「鉄道唱歌」と「うさぎとかめ」・「あめふり」と「雨」などの組み合わせ)

F歌詞の中から指示された字を抜いて歌うなどのゲーム感覚のもの(「案山子」から「か」や「の」を抜くなど)をキーボードの伴奏で歌う。メンバー達の希望により@からCはそれぞれの曲の楽譜をコピーし、通し番号を付けた歌集を作成、DからFは模造紙に書いたものをクラブとして所有する。

3.楽器活動

 新しいことへの挑戦、リズムの意識、メンバー同士の交流を促す。

@トーンチャイムはメロディー奏やハーモニー奏に挑戦する(荒城の月・バラが咲いた・聖者の行進・クリスマス曲各種など)

A打楽器各種(カバサ・アゴゴベル・クラベスなど)をリズミカルな民族音楽曲やマーチなどに合わせて好きなように鳴らしたり、音色・操作・感触・視覚的要素を楽しむ。

4.ボランティア活動

協会事務局や筆者の仕事先からの依頼を受けた時に、音楽クラブとして高齢者施設(老人保健施設・特別養護老人ホーム)や地域の老人クラブを訪問し、歌やトーンチャイム演奏を披露したり、一緒に歌うことなどを通して、施設の高齢者や職員と時間や空間を共有する。

【結果】

@参加率 59%から最高100%で、平均は80%であった。(参加率:メンバーの入会月に違いがあるので、入会してからの実践回数と実際の参加回数から一人ずつその数字を割り出した)

Aアンケート調査結果(表1)(Q.7〜Q.10は、師井和子著「心にとどく高齢者の音楽療法」ドレミ楽譜出版社 1999.P.187を借用した)

【考察】

 このクラブでは従来のコーラス活動やカラオケのレッスンなどとは違った、メンバー主体の自由な活動を展開してきた。歌唱における幅広い選曲、楽器活動や身体活動を取り入れること、ボランティア活動など、メンバー達にとってはすべてが初めての経験だったが、それらは好意的に受け入れられた。また自己表現しやすい場の提供、達成感の刺激、恥をかかなくてもすむような配慮などから毎回会話も弾み、笑いの絶えない時間となっている。メンバー達の周りにはこのような音楽クラブはなかったと喜ばれ、どの活動にも意欲的であり、それは天候に関係なく、遠路はるばる会場に足を運ぶ熱心さにも表れている。

 このクラブに参加したい気持ちは一体どこからくるのだろうか。東京都が平成10年に実施した「生活習慣病に関する意識調査」の中の「ストレス解消法」のトップ4には「人に話を聞いて貰う」と「趣味とスポーツをする」という項目が入っている。前述の「高齢社会白書」によると、同じく平成10年に総務庁の高齢社会対策室が実施した「高齢者の地域社会への参加に関する意識調査」では、「生活に充実感を持ちたい」「新しい友人を得たい」「地域社会に貢献したい」がトップ3に入っている。このことからも、人は「人との関わり」を求めていることが推察され、それがこのメンバー達の高い参加につながっていると考えられる。

 このクラブでは音楽の楽しみの要素が大きく、コミュニケーションの媒体であることがうかがえる。またトーンチャイムでは少しずつレベルを上げていくことで、満足感や達成感を刺激し、心身の活性化にもつながっている。音楽活動に対してもそれぞれはっきりとした好みや要望を持ち、歌唱や楽器活動における技術的な向上や完成度を望む気持ちも持っている。それらの前向きな姿勢がこのクラブに参加することにより、「ストレス」「イライラ」「生活の張り」「付き合い」が改善もしくは少し改善したという結果になっているのではないだろうか。身体的変化は殆ど見受けられないが、心理的な側面にその変化を感じていることは興味深い。

 アンケートのQ.7からQ.11の結果や色々な場面での会話からは、前期高齢者に見られる生活背景や心身状態が推察される。それは定年による職業生活や配偶者の死による喪失感、家族の看護・介護、子供や孫との新しい家族関係、自分自身の病気の経験、人生の振り返りなど多くの項目に渡る。言葉の選び方や会話の進め方などにも配慮が必要であろう。

 また音楽療法士としては、多様な音楽的ニーズに対応できるように、その技術向上や多角的な視点での取り組みは新たな課題となる。毎回の活動では、様々な反応がメンバー達自身の言葉で表現される。他の現場では病気や障害を持った方達との活動であり、言葉でのやり取りが困難なことが多い。そういう意味で、その反応は日頃の現場でも参考になり、活かされることになる。筆者は人生の先輩であるメンバー達から様々な価値観、感性、知恵、知識などを学んだ。さらにお互いの達成感、満足感を刺激し、共に成長していけることを望んでいる。

 この高齢者施設訪問のボランティア活動は前述した「社会貢献型生きがい対策推進事業」として認められ、連合会から活動費が支給された。自分達が楽しむだけではなく、音楽の楽しみを訪問先で色々な方達と分かち合えたことは、大きな収穫であった。その手応えは、生きがいや社会貢献の実感の一つとなった。今後このボランティア活動は、さらに発展、展開させていく予定である。

 このクラブでは今までの音楽療法の経験や勉強がすべて役に立ち、ニーズに応える手段となった。音楽療法的視点だから分かることも多い。これからは、音楽療法の経験を治療目的ではない様々な形で活かせる実践現場が増加するのではないだろうか。この世代は人間のライフスタイル最終段階の第一歩であり、身体機能の老化は否めないが、人間としての円熟に達する人も多い。心身状態の把握や社会的背景、健康の概念など、その幅広い研究がますます重要になってくると思われる。

 本稿では音楽療法が健康の維持・増進や生きがいにつなげていく手段のひとつになりうること、それは音楽療法の活用現場の拡大にもなり得るのではないか、という意味での報告・考察にとどまっている。アンケートも項目には改善の余地があり、調査数も少ないことは課題の一つである。今後は「人間は生涯発達してゆく存在である」という視点も含めて、予防医学的、生涯学習的側面からも音楽療法がどう活用できるのか、をさらに色々な視点から掘り下げていきたい。

【おわりに

 この音楽クラブの実践を前期高齢者というキーワードを意識して振り返った。ヒトは音楽と共にその歴史を刻み、胎児期から人生にピリオドを打つ時まで、音楽は何かしらヒトに影響を及ぼし、ヒトはそれを求めてきた。この世代の多様なニーズに応えるのは容易ではないが、音楽療法の活かし方を改めて模索していきたい。

 本稿は日本音楽心理学音楽療法懇話会の第180回研究例会で口述発表したものを改題し、新たな考察を加えたものです。この音楽クラブの活動を研究としてまとめるにあたり、アンケートなどにご協力頂いたクラブの皆様に深謝致します。

参考文献:

1)岡堂哲雄編集:中高年の心理と健康 −21世紀の高齢者に幸福な環境とは−、現代のエスプリ別冊、至文堂、1995
2)高齢社会白書平成12年版 総務庁編:大蔵省印刷局、東京、2000
3)特集−中年の危機−:精神療法、Vol.14 No.4、金剛出版、1998
4)東京都老人総合研究所社会部門編:現代定年模様、潟潤[ルドプランニング、1993
5)服部祥子:生涯発達人間学入門、看護教育 Vol.39 No.8、医学書院、1998
6)丸山実千代:生涯音楽学習入門、音楽之友社、1999
7)和田秀樹:75歳現役社会論、NHKブックス、1997
8)有田昌代:デイサービスにおける音楽療法、音楽心理学音楽療法研究年報27巻、1998


表1 アンケート調査結果 (平成11年11月実施、有効回答数10名、( )内の数字は人数を示す)

Q.1 あなたの年代は?
       50代(1)60代(8)70代(1)

Q.2 自宅から会場までの所要時間は?
       自転車で10分(1) 電車で60分(1) バスもしくは車で計20〜45分(8)

Q.3 音楽経験は?

     1)音楽歴
         特になし(8) コーラス経験あり(2)
     2)好きな音楽の種類は?(複数回答)
             ラテン、クラシック、ポピュラー、童謡、小椋佳、堀内孝雄、
         ポール・モーリア、リチャード・クレイダーマンの曲
     3)好きな曲、思い出の曲は?(複数回答)
         さくら貝の歌、港の見える丘、花街の母、はげ山の一夜、歌謡曲全般、
         恋人よ、川の流れのように、いい日旅立ち、女ひとり
     4)カラオケは?
         好き(4) 嫌い(1) どちらとも言えない(5)

Q.4 ボランティアの経験は?
       なし(5) あり(5:公園などの清掃、病院での雑用、町内会での役員など)

Q.5 会費(1回、1,000円)について
       高い(0) 安い(2) 丁度よい(8)

Q.6 クラブに参加するようになって、気持ちや身体、生活に何か変化を感じますか?

  改善 少し改善 変化なし 無回答
 肩こり   2 6 2
 生活の張り 3 5   2
 頭痛   1 6 3
 憂鬱な気分 2 2   6
 食欲 1   7 2
 睡眠 1   7 2
 イライラ 1 5 3 1
 付き合い 1 5 1 3
 ストレス 2 2 3 3

Q.7 これまでの人生は?
       まあまあ(4) 満足(5) 不満(1)

Q.8 これからの人生について
       期待している(5) 期待していない(1) 何とも言えない(4)

Q.9 一日で最も楽しいと感じる時は?(複数回答)
       趣味をしている時(5) 友人といる時(6) 家族といる時(5)

Q.10 寂しいと感じる時は?
       何かあった時(5) たまに(4) 感じない(1)

Q.11 老人ホームなどへのボランティアを体験し、何を感じられましたか?
     ・老いは避けられないが、自分次第で最後まで自立した人間でいたい。
     ・人生の先輩達の体験の深みを言葉や所作から感じる時、学ばせて貰っている事を感じる。
     ・老人パワーを感じる。
     ・2000年には自分も70歳になり、何か寂しさを感じる。
     ・笑顔が印象的だった。
     ・多くの楽しい時間が過せるように、歌もレパートリーを広げたい。
     ・優しさが大事だと思った。目線を合わせれば少しでも安心感を持って頂けて、
       こちら側に向き合って下さるのではないかと思った。

Q.12 講師への要望・これから取り入れて欲しいプログラムなど
     ・必ず楽器を含めてご指導頂きたい。
     ・一つの楽曲を作り上げたい。
     ・ボランティアに参加するためにも、四季それぞれの合唱曲を練習したい。
     ・再度ヴォイストレーニングの受講を呼びかけてみてはどうか。


音楽心理学音楽療法研究年報 第29巻 2000 ISSN 1345-5591


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療法的音楽活動についての雑感


おんがくファームまんどろ 吉田 豊

  私は、たまたま目の前にいた子どもと音楽を楽しみ、その手応えの確かさから、自ら進んで障害のある人と音楽をする場を求め、教職を辞し、フリーとなりました。

 音楽療法ということにも興味を持ち、少しずつ実践を通して学んでもきたように思っています。そして、学べば学ぶほど、科学や治療というレベルの療法とまったく気楽な自分の活動との、共通点よりは違いのほうが気になりだしました。でも、まあ、音楽療法と呼ばれなくても、それなりに充実した活動はいくらでもありうるし、そういう意味で療法的音楽活動という視点が有効だと考えるようになりました。看板はどうあれ、要は、そこにいる誰もが、障害や病気など様々な困難を抱えていても、もちろん健常といわれる人も含めて、しかるべき配慮の元で音楽活動を共有することによって幸せな気分を味わえるようなこと、それがすべてというのが、療法的音楽活動だろうと思います。それが素敵なことであることは、その場に一度でも居合わせれば納得でしょう。

 療法的音楽活動と音楽療法や音楽教育との共通項や相違点は、丸山忠璋氏の「療法的音楽活動のすすめ」(春秋社)を読んでもらうとよいでしょうが、最近とみに見かけるようになった「音楽療法」という名の取り組みの多くは療法的音楽活動の範疇だと思います。もちろんそこで療法的な効果がたくさん見られていることも疑いません。受ける人の立場からは、厳密な意味での音楽療法よりもそういう活動が広い範囲で求められているとも思います。

 ただ、療法的活動は、音楽療法と無関係というわけではなく、例えば、セッションの中で個人に目を向け、その人の持つ障害や問題に踏み込もうとすれば、当然療法としての取り組みが必要となり、それには、査定とか評価、スーパーヴィジョンなども含めてそれなりの条件を整えなければなりません。

 また、一方で、療法的活動の中で参加者が繰り出す誠に魅力あふれるパフォーマンスの方に目を向ければ、そこには文化、芸術の創造的な活動につながる芽がいくらでも転がっている、とも感じます。療法的音楽活動は、音楽療法と文化活動というふうに、それぞれ違った方向への展開が可能な領域だというのが、私の体験的実感です。そして音楽療法の様々な成果がこの文化活動につながって発展的に広がっていくことを願ってもいます。

 このように言葉をこねくり回さなくても、一つ一つよい実践を重ね、それを「音楽療法」、あるいはただ「音楽活動」と呼んで何ら問題ない、という考え方もあるでしょう。私自身は、自分のやってきたことを音楽療法と呼ぶのは、何だか恐れ多くてしっくりきませんでした。しかし、療法的音楽活動のイメージをはっきり持つことで、現在、自分が取り組んでいるのが、実は療法的活動なのかセラピーなのか、あるいはパフォーマンスを披露する文化活動なのか、自分で意識するようになりつつあります。そして、同じメンバーと一見同じような活動をしているにしても、ある程度方向性を踏まえ、それに向かって邁進しようと思うのです。

2002年5月「MTネットワークみえ」掲載


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