人が「あるがまま」に生きることを受け容れるスウェーデン


「音楽療法」という「名前」ではなく、「実質」が空気のように広がる社会

 

『チャレンジ! 音楽療法士2002』(2001年9月、音楽之友社刊)所収、p.62-65

WB00948_.GIF (8344 バイト)


大滝 昌之


「メーラルサーレン」
ことばのいらないダンス場

 ストックホルム市の中心地ガムラスタンを基点として、バイキングの故郷でもあるメーラレン湖が内陸に向かって細長く広がっています。 そのメーラレン湖に沿ってガムラスタンから徒歩で約10分ほどの距離に赤いレンガ建ての大きな古いビール工場があり、この最上階に「メーラルサーレン」という名の、市内でも有数な高級ダンス場があります。 最近は若者のディスコに押され気味とはいえ、スウェーデンでは昔からダンス音楽による社交ダンスが盛んで、この美しい湖の展望に恵まれた「メーラルサーレン」も連日、幅広い年齢層を集めて賑わっています。
 
このダンス場は、隔週の金曜日に、知的障害者協会が市から毎回約45万円の助成金を受けてホール全部を借り切り、余暇の場として知的障害を持つ人たちに解放しています。 
 その金曜日は400人を越える障害を持つ人、サポートの人でホールは満杯になり、正装のドレスあり、車椅子あり、背広姿あり、汚れたジーンズあり、みな入り乱れて、ステージで演奏されるプロのダンスバンドに合わせて踊ったり歌ったり、あるいは片隅で頬を寄せて抱き合ったり、何十とあるテーブルで議論したり、歩き回ったり・・・、何でもありの光景が繰り広げられます。

 時折日本から福祉を視察に来る団体がここを訪れることもありますが、みんなが一様に驚くのは、誰が職員で誰がパーソナルアシスタントなのか、見当がつかないということです。
 障害者の自由な姿はもちろん、サポートの人たちの対応のし方も見たいというのですが、ざっと見ただけでは誰がサポートの人か見極めるのは簡単ではありません。服装もみんなバラバラで、サポートの人が指図をしたり、何かを仕切るという姿は全く見られません。また障害を持つ人も各々が互いにサポートしあったりしていますから、ある人が車椅子を使う人と一緒に踊っていたとしても、その人もやはり障害を持つ人かも知れないのです。
 日本から来た人も、もちろんダンスに誘われます。最初は「ことばが分からないから・・・」と戸惑いを見せますが、やがては踊りの輪の中で一緒に溶け込んでいきます。 お互い話すことばは違っても、ステージから流れる音楽に乗って一緒に踊る時、そして誰もが何をしても、どういう姿であっても許されるという環境にいるとき、「共感」にことばはいりません。


●「学習」か「療法」か「活動」か・・・
「呼び名」よりも「実質」をめざす

 スウェーデンには、いわゆる生涯学習を運営する「国民生涯教育連盟」という組織がいくつかあります。 社会人になってから何かの勉強をしたくなったり、あるいは職場や余暇の時間に何かを学習する場など、生涯教育連盟からサークル指導員が派遣され、サークルの形で学習を行ないます。 また仲間と一緒に音楽や文化活動を行なう場合にはそれを「学習サークル」の形にして、グループの誰かが指導員として報酬を受けたり、場所の提供をサポートしてもらうことができます。
 例えば、スウェーデンの人口約880万のうち、現在約35万人がロックバンドで活動していて、そのうち約25万人もの若者が、自分たちのバンドをサークル形式で「運営」しています。 
このサークル学習は、昔からスウェーデン人の日常活動や文化活動、余暇活動に欠かせないほど大きな意味を持っています。とりわけ高齢者や障害を持つ人たちの活動には力が入れられています。
 障害を持つ人のデイセンターでは、音楽や絵画などの文化活動は「学習」という形で行なわれ、それぞれの専門家がサークル指導員として派遣されます。 この中に「音楽療法士」もいます。

音楽療法士がデイセンターでセッションを行う場合「音楽療法としてのセッション」を行ないますが、生涯教育連盟やデイセンターの側では、それを「音楽療法」とは呼びません。 それぞれの立場上、生涯学習はあくまで「学習」であり、またデイセンター側から見ると「デイセンター」は「日常活動をする場」であり、「療法」というものは個人が「個人の意思で受けるもの」で、本来は日常の仕事とは別として行なうべきであると考えます。 
 そうとはいえ、生涯教育連盟側もデイセンターの方でも、それが「音楽療法としてのセッション」であることには全く異論がありませんし、音楽療法士が求める環境や条件を満たすため協力も惜しみません。 

 つまり音楽療法士も含めた誰もが、その活動を通して「障害を持つ人が生き甲斐を感じ、表現力やコミュニケーション、さらには生活のQOLの向上が促せられる」のであればそれを「療法」と呼ぼうが、「学習」としようが、また日常活動と性格づけようがかまわないのです。つまりはみんな同じものを求めている。 そのことを「どう呼ぶか」は、実際の活動をする上では問題にならない、というわけなのです。 


●ロックグループ「
EKO
(エコー)
音楽療法はプロセスの中に

 スウェーデンの知的障害を持つ人が中心となったロックグループ「EKO(エコー)」は、デイセンターでの音楽療法のセッションから生まれました。 メンバーは、あるデイセンターで行なわれていたいくつかの音楽セッションのひとつに参加していて、特別音楽の才能があるとか、初めからロック音楽を演奏していたグループというのではなく、他のグループと同じように音楽療法としてのふつうのセッションを行なってきました。 それが、観客の前での演奏とそのための練習というように方向性やセッションの目的は変りましたが、練習での考え方や姿勢はそれまでと基本的には変っていません。

92年に初めて日本公演を行なった際、「EKOの活動」と「音楽療法の関わり」がいろいろな場面で取り上げられました。メンバーはマスコミからのインタビューで「音楽療法でどう変りましたか?」と質問されると、いつも決まって「何も変ってない」と答えていました。 そもそもメンバーたちは自分が療法を受けているとは全く考えていませんし、また知的障害を持つ人の多くは、自分が以前と比べてどのように違ってきたかを客観的に捉えるということは難しいのです。
 
「音楽療法ならどんな効果がありますか?」という質問も日本で良く受けましたが、スウェーデンではあまり聞かれない質問です。 「EKOは音楽活動なのか音楽療法なのか」という問いも、スウェーデンではほとんど聞かれません。 

 EKOの演奏に観客が共感を覚えて、会場が一体になって音楽を楽しむ時、それが「活動」なのか「療法」なのかという定義も問題になりません。 「音楽療法は、セッションのあるいはその練習のプロセス中にある」もので、それはEKOのステージ姿を見ているだけでは分からないものです。


「リハビリ」と「ハビリ」
和太鼓とお辞儀

 これまで4回にわたって行なわれた日本公演では、各地でそれぞれ障害を持つ人たちのグループと共演しました。 第1回目の全国公演では、共演したほとんどが「和太鼓」のグループでしたが、スウェーデンから来た私たちにとっては非常に興味深いものでした。
 
和太鼓そのものはもちろん目を見張るものでしたし、共演したグループの演奏もそれぞれ素晴らしいものでした。が、私たちの目を奪ったのは、メンバーたちが揃って複雑なリズムを、同じ動作で演奏をすることです。スウェーデンにはEKOの他にも障害を持つ人の音楽グループはたくさんありますが、日本のこの和太鼓のように、メンバーが揃って同じ動作や演奏をするというグループは見たことがありません。
 スウェーデンでは、一人一人がいかに自分らしく個性を大切に生きるかに重点を置いていますから、みんなが揃って同じことをするという和太鼓の演奏に接してまず考えたことは、「どうやって、人と同じことが出来るように教えたのだろう」ということでした。

もう一つ印象に残っているのは、ある障害者の入所施設と交流会を行なった時のことです。 施設の利用者や職員とEKOのみんながリクレーションの遊びやゲームをして、最後にお互いが自己紹介をすることになりました。
 
双方が部屋の中央に向かい合って並び、施設側からは自己紹介をするのは利用者だけで、職員たちは窓際に並んで立って様子を見ていました。自己紹介は、マイクで利用者の名前が呼ばれ、呼ばれた人は頭を下げてお辞儀をするという形でしたが、中には身体の障害のためにお辞儀が出来ない人や恥ずかしくなって逃げ出す人もいたわけです。その人たちの名前が呼ばれると、職員がさっと寄って来てその人たちの後ろに立ち、手を利用者の腰のあたりに置いて、自分がお辞儀をする形で利用者にお辞儀をさせました。
 やがて順番が
EKOに回ってくると、それぞれ名前を呼ばれたメンバーは、それぞれ独特のスタイルでお辞儀をしていました。スウェーデンではお辞儀をする習慣がありませんから、恐らくメンバーもスタッフもお辞儀をしたのはその時が初めてでしょう。もちろんスタッフがメンバーにお辞儀の指導はしていませんから、とにかくそれぞれが自分流のお辞儀で親愛の情を表現したわけです。

この二つのできごとは、片や、障害を持つ人を周囲の環境に適応させることをめざす「リハビリテーション」的なあり方。片や、障害を持つ人のありのままの特性を認め、個性をの発揮させる「ハビリテーション」的なあり方という考え方の違いを表しているという印象を、私たちに与えました。 EKOが日本で注目を集めたのも、もしかするとこうした違いが、日本の特に福祉関係の人たちにインパクトを与えたからかも知れません。


「障害」と「ハンディキャップ」とは別

 
長野パラリンピックの時に、スウェーデン人の女性歌手レーナ・マリアさんが一躍注目を浴びました。 彼女は生まれた時から両腕がないという機能障害を持っています。 ですから、彼女は機能障害を持
つ人たちのスポーツの祭典に歌を添えるということではふさわしいに違いはありませんが、日本と違って、彼女はスウェーデンでは今まで全く無名の存在でした。 最近でこそ彼女はスウェーデンのテレビに出るようになりましたが、その大きな理由は、彼女が機能障害を持っている事ではなく、彼女が機能障害を持っているために日本で有名になったからでした。
 
彼女はいくつもある教会の合唱団の歌手であり、歌はもちろん上手ですが、両腕がないということで人の目を引いているのではありません。なぜなら、両腕がないということは、歌を歌ううえでのハンディには決してならないからです。 
 ところが、日本では「両腕がないということ」イコール「ハンディを持っている」ことになり、障害を持ちながら一生懸命歌を歌う姿に、人は感銘を受けるのでしょう。 いずれにしても、彼女は素晴らしい歌唱力の持ち主ですし、どんなキッカケにせよ歌手として注目を浴びることになったのは彼女にとっては喜ばしいことに違いありません。

*    *   *


 「ハンディを持つ人は、元には戻りません。前に進めることです。リハビリではなくて、ハビリをするんです!」。 知的障害者介護士養成学校での初日、初めて聞いた言葉でした。
それから20年。 その学校に行く前に勤務していた施設を最後に、スウェーデンでは入所施設は全廃となりました。 そして、知的障害者の代表は法制度改革の審議に参画し、エコーのメンバーはヨーロッパ、南アメリカ、日本での公演ツアーを通じて、北欧ロックの神髄を会場のみなと分かち合ってきました。 確かに、数歩も前に進みました。ハビリテーションというのは、いつも「前向き」なのです。

 王立ストックホルム音楽大学に音楽セラピー科を創設したクート・リンドグレン先生。 ノーベル賞授賞式で有名なコンサートホールで、僕がデイセンターの利用者と職員全員が出演する音楽祭をやった時のことです。 
 
「これは、音楽療法といえるだろうか・・・」とつぶやいた僕に、「いや、社会的にも素晴らしい音楽療法だよ」と励ましてくれた先生。 その口癖は、「音楽療法は、平和を創り出す武器になる」でした。 少なくとも「明日に向かう力」になっていることは確かでしょう。
 今は天国にいるリンドグレン先生も、きっと微笑みながら見ておられると思います。


WB00948_.GIF (8344 バイト)



homeknapp.htm_txt_WB01508_.gif (438 バイト)       
backknapp.htm_txt_WB01508__2.gif (426 バイト)




WB01417_.gif (1759 バイト)

管理人より: このページの内容、及び文書・画像の無断使用、無断掲載はお断りします。