個人ということ

−スウェーデン在住31年の体験から−

 

大滝昌之 

北九州市立大学文学部人間関係学科客員教授

(日本精神障害者リハビリテーション学会、「精神障害とリハビリテーション」、2001. VOL.5 NO.1 掲載)



「自分になれること」


 激動といわれた70年安保の前年1969年に、片道切符でこの地スウェーデンに辿り着いてから今年で32年目を迎える。当時は若者の多くが世界を目指していわゆる放浪の旅に出かけ、週刊誌には「北欧無宿」などと称された私たちであったが、最近ではそろそろ還暦を迎えるという年齢に達する者も多くなってきた。長年この地に住みここでの生活にすっかり慣れてしまったとはいえ、高齢ということばがチラチラする頃になると、中には老後を日本で暮らすということを考える者がいるというのも別に不思議ではない。長年の生活の中では、おそらくほとんどの者が日本に帰るということを一度や二度ならず考えたことがあるだろう。

 ところが、いざ日本に戻りいろいろ体験してしているうちに、ほとんどが「やっぱり、日本には住めない」と考えてしまうことが多いようである。こちらの生活に馴染んでしまったために、日本での生活テンポの早さについていけないということもあるだろうし、ある程度の年齢になると、日本に帰って改めて自分の場を見つけることが難しくなってしまうなど人によってその理由もいろいろ違うだろうが、みんなが異口同音に言うのは「こっちの方が、自分になれる」ということである。

 長い間家族から離れて暮らしていると、久し振りで会う家族は懐かしくまた暖かいものであるが、しばらく一緒にいるとそれが結構窮屈でお節介なものにも感じてくる。冠婚葬祭や、家族の一員としてあるべき姿や責任のようなものも重圧に感じてくるし、一歩外に出ると、縦割り社会でのしきたりや細々とした人情というものも考えなければならない。要するに、自分が自分でいられなく、いろんな意味で「期待される人間像」に合わさなければいけないということを再認識するわけである。

 もちろん、長期在住者の多くはこちらで結婚して新しい家族が出来たり、また友人や仕事の同僚などを持ったりで、仮に離婚して一人で住んでいるにせよ「独りで生活」しているわけでもない。しかし、家族や職場とか地域社会の中では、自分はあくまで「こういう自分」であって、その中での秩序を乱さない限り、自分自身以上の自分を要求されることもなければ、そこに自分を合わすことを強要されることもない。もし自分がそのようなものに合わすとすれば、自分自身の意思でそうしているということである。

 考えてみれば、スウェーデンにはいわゆる日本で言う「世間」ということばがない。確かに「一般社会」ということばや「周りの目」という言い方はある。しかし同じ目という表現を考えても、日本で使われている「世間の目」とはちょっと意味合いが違うようだ。スウェーデンで「周りの目」というと、文字通り自分を見ている目であるが、日本流の「世間の目」というと、それは自分が気にしなくてならない目なのではないだろうか。「周りの目」なら、気にするかしないかは自分で決められる。でも日本に行って「世間の目」を考えると、世間の目に合わさなければいけない自分がそこにいることを感じる。中々「自分になれない」わけである。


「本人ということば」


 福祉の世界で日本とスウェーデンの間にいると、翻訳や通訳をしなければならないことが往々にしてある。ここ10年くらいの間に、日本でも「本人の意思」や「本人活動」、あるいは「当事者参画」など「本人」や「当事者」ということばを使う場合が増えて来たように思われるが、一言で「本人」や「当事者」を表すことばは、実は英語にもスウェーデン語にもない。
 
だから、英語やスウェーデン語から「本人」や「当事者」ということばは翻訳し易いが、日本語で「本人の会と交流したい」とか「当事者の活動について・・・」などという場合は、「障害者自身」とか「障害を持つ個人」というように、その対象をいちいち言わなくてはならない。考えようによっては、日本語というものの表現が豊かであるとも言えるのかも知れないし、また便利であるかも知れないが、良く考えると「個人」ということばと「本人」「当事者」ということばは、確かに意味合いが違う。

 翻訳したり通訳して気がついたのは、「本人・当事者」ということばには、自分は含まれてないということである。「本人の活動」は自分も含む個人ではなくて、「その対象になる個人の活動」なのである。だから、福祉の世界で「本人・当事者」ということばを使うと、この世界には「私たち」と「あの人たち」がいるという錯覚にかかってしまう。

 スウェーデンの福祉の世界には、それがない。どだい福祉というものは、「私とあなた」のすべての個人がその恩恵を受けるものであるはずである。人間誰でも普通に生きていればやがては「高齢者」になり、「高齢者」になれば誰でも不自由なことが出て来るものであるから、やっぱり「私とあなた」じゃなきゃおかしい。「私たち」と「あの人たち」では、どうも同じ個人同士という感じがしない。


「医師の話す相手」

 最近の子どもは病気にかかりやすいと聞くが、確かに子どもに熱があったり湿疹が出来たりして救急病院や診療所に行くと、何処も親子でいっぱいという感じがする。そこで長い順番を待ってようやく医師のところへ案内され、仕事場に戻らなくてはならない時間を気にしながら早く診断を聞こうとしても、医師は中々親とは話さない。医師がいろいろ話しかけるのは子どもで、大概は親の顔さえ見ずに、子どもの年齢に合わせたことばを使って子どもに様子を聞くのが普通である。初めて自分の子どもの具合が悪くて医者に連れて行った時は、親である自分の存在が無視されているような感じさえしたことを思い出す。

 何時から具合が悪くて、何処がおかしく普段はどうなのかということは、親である自分が一番良く知ってるし、また小さい子どもより大人の自分の方が説明しやすいと、まあ普通はそう考えるだろうとも思った。確かに、そうには違いないとは今でも思うが、医師が聞きたいのは「親から見た症状」ではなく、子どもがどう感じ何が言いたいのか、なのである。そして、症状を見たり判断をするのは医師であることはいうまでもない。

 子どもが赤ん坊であったり、まだ言いたいことを伝えられない幼児の場合は勿論親との対話にはなるが、幼稚園に入るような年の子どもの場合、痛いのは何処でどのぐらい痛いのかは確かに子ども自身が一番知ってるはずだし、またそれが何なのか、どうすれば痛みが和らぐのかを知らなきゃいけないのも、まずはその子ども自身である。
 親の役目は、勿論ある。子どもが覚え難い薬の名前や使い方、使用回数や何時再往診に訪問するかを確認すること。それにもう一つ、子どもがちゃんと自分で説明出来るように、側で黙って様子を見ていることである。


「自分のことは自分でするということ」


 
片道切符で日本を出るというと、行く先々で稼がなくてはならない。500ドルしか持ち出しが出来なかった頃だから、着いて1ヶ月もすると無一文になってしまった。そこで人づてに「アーティスト職安」というものがあることを聞いてギターを抱えて飛び込み、簡単なオーディションやインタビューの後、「仕事を探してみるから、1週間ぐらいしたら戻って来なさい」と言われた。労働許可証は持ってなかったが、学生ということだと人の紹介でも仕事が出来た、古き良き時代の話である。

 
そこで 「まあ様子を見て、もし駄目だったら皿洗いでもするか・・・」と一先ず安心して帰り、1週間後に話を聞きに行くと、「申し訳ないけど、まだ分からない」という返事である。残念だが、そんなに甘いものではないと自分に戒めるように聞いていた私に、その職安の人は「それで、あれから仕事見つけるのに、君自身はどんなところ回ってみたの?」と尋ねた。私が「いや、一応ここで探して貰えるということだったので、その様子を見てからと思って、自分では別に他のところを回ってはいない」と答えると、相手は私の肩に手を置いて、「あんた、自分の仕事なんでしょ?自分でも探さなきゃ・・・」と笑いながら言った。旧ソ連からヘルシンキを経由してストックホルムに入り、ようやく北欧独特の建物の感じや人の様子にも慣れてきたという頃であったが、その職安の係員の一言に私は思わず赤面し、「あ〜、ここは日本じゃないんだ!」という思いが全身を貫いた。

 
私の中学校の校訓は「明朗闊達、自主独立」というものであったが、自分のことは自分でするということぐらいは誰でも知ってるはずである。日本では一般的に人に物事を頼むと、相手を尊重して自分では勝手に動かないように心がけるのが礼儀と考えるものである。自分が勝手に動くと相手を信頼していないというように解釈されると考えるし、頼まれた相手も、自分に頼んでおきながら勝手に動くのは無礼だと考える。つまり、日常生活の中では、人情というものの風土の中で、自分のことは自分でするということが曖昧にされていることが実に多い。自分のことは自分でするということ、つまり自分のことは自分に責任があるという至極単純な、しかも最も基本的なことの重さを初めて味わい、日本人である自分が持っている観念の曖昧さを初めて指摘されたことに、思わず赤面をしてしまったのである。スウェーデンに来て、初めて味わったカルチュアショックでもあった。


「自分は何処にあるか」


 ある知的障害者のデイセンターで音楽セッションの仕事をしていた時に、参加者それぞれの名前を歌いながら仕草をするという遊びをみんなでしていると、私の名前を歌い出すと誰かが鼻を指差し、それ以来私の名前の順番が来るとみんながそれぞれ自分の鼻を指差すようになったことがあった。他のメンバーだと、例えばいつも帽子を被るから帽子の仕草をしたりその人独特の癖を仕草にするのだが、私の場合は鼻なのである。私の鼻にそれほど特徴があるとは考えたこともなかったので理由を聞くと、私が自分のことを指差す時は、他の人のように胸を差すのではなく鼻を差すというのである。
 考えてみると、日本人は自分を差す時には確かに自分の顔という意味で鼻の先に指を持って行く。スウェーデン人はどうかというと、みんな胸を指差すかあるいは胸に手を当てる。それ以来、例えば日本の女性の多くは笑う時に口に手を当てるということに目がいったり、また暮らしの中でも、日本人はスウェーデン人と違って、トイレや台所に客を案内して見せることは憚るものだということが分かるようになって来た。トイレのことを「ご不浄」と呼ぶことがあるのを思い出したりもした。

 これらの違った風習を考える時、どうしても宗教的な考え方を反映しているとしか思えないことがたくさんあるようだ。キリスト教では、人間は神の前では誰でも平等であり、死ぬと魂は条件付で天国に行く。つまり、この世で良いことをしようが悪行を働こうが、自分というものは神という絶対者によって作られた実存する個人である。仏教は・・・と考えると、少なくとも奈良時代辺りの仏教では、魂なども存在しない無我の世界であり色即是空の世界、つまり自分というものはもともと存在もしてないものなのである。
 だから、スウェーデン人が自分というものを差す場合には、自分が存在している身体の中心であり、命の基である心臓の辺り、つまり胸を指すし、仏教的な価値観を持つ日本人は、自分が存在している身体を差すのではなく、自分を象徴的に表すもの、表情によって自分の存在と感情を表す顔を差すのではないかという気がする。
 色即是空の世界では、生きている源やその結果、つまり食をしたり排泄をするという最も生理的な行為というものは、憚って人に見せないようにするのが美徳ともなり得る。口というものは大きく人に見せるものではないし、台所やトイレは生きている証でもあるからなるべく隠れたところにあるべきなのではないだろうか。

 謙虚さを最も美徳とする日本人と、堂々と自分を主張するスウェーデン人の個人というものの捉え方がそれぞれの宗教的な価値観の影響を受けているとも考えると、これはまるで価値観が違うようにも思える。しかし実際は、どちらの国にしても仏教やキリスト教は外国から入って来たものである。それ以前には、どちらも自然の中に神を見る神教と北欧神話の世界であったし、それぞれまた違った価値観を持っていたに違いない。

 個人の尊厳というものは普遍的なものなのだろうか、それともそれぞれの価値観によって違うものなのだろうか。いずれにしても、それは「私とあなた」のことであり、その「私とあなた」がそれぞれの自分になれて、お互いがそれを認め合い許し合ってそれぞれの行き様が発揮出来れば、それで良いのだろうと思う。


英文抄録: About an individual               


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