
自分を表現することは、生きてることの証。
そしてその集まりのフェスティバルは、
そこに参加したみんなの、響きあいの場です。

1998年2月15日 東京五反田「ゆーぽーと・ホール」
「夢人間」によるオープニング 福山から、「Mydo」
つくば、「自然生」 東京、「夢人間」
観客と、「イェー!」 スウェーデン、「エコー」
横浜、「奏年隊」 静岡、「ギャーティーズ」
「響きあいのフェスティバル」
1992年から1年おきに来日したスウェーデンのロックグループ「エコー」は、各地で地元のグループと共演をしました。各地には既にいろいろなグループがありそれぞれの活動を行っていましたが、「エコー」の来日公演の度にその数も増え、またパフォーマンスやそのスタイルも多様になってきました。
「全国の音楽・舞台芸術グループが集まって、大コンサートが出来ないだろうか?」やがて、仲間たちの間からそんな声も生まれ、「エコー」をゲストに迎えてのフェスティバルが計画されました。
全国のグループが1個所に集まってのコンサートは、1日のステージでは実質的には不可能です。今まで「エコー」と共演したグループだけでも優に30を超え、また新しいグループも沢山生まれています。
それで、参加グループを公募することになりました。実行委員会が東京に設置され、何回もの会合を行いながら、準備が進められました。
クラブEKOの賛同人の一人でもある小室 等さんの司会で始まったステージ。「響きあいのフェスティバル」は、生憎の雪空にもかかわらず集まった観客との熱い交流の中で大成功に終わりました。
フェスティバルは、そこに集う全ての人によって作り上げられます。準備をすすめる人、ボランティアで会場のお手伝いをする人、切符の販売に駆けずり回る人、広告を集める人、資料を作る人・・・、そして、もちろんステージに立つ人も観客も、みんなフェステイバルを支える人たちです。みんなが「やって良かった」と感ずる時、そのイベントも成功したと言えるでしょう。「響きあいのフェスティバル」は、そんなイベントでした。
「響きあいのフェスティバル」については、広報誌にも掲載されました。詳しくは、ここをクリックして下さい。
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1998年7月4日 札幌「芸術の森」野外ステージ
1998年7月4日、札幌市「芸術の森」・野外ステージで開催された「札幌グリーン・グラス
フェスティバル'98」は、いわゆる「身体」であるとか「全身性」、「知的」「精神」であるとかの「しょうがい」の種別・特性や、さらに「しょうがい」のあるなしなどの垣根を超えて、地域で暮らす市民の一人一人としての関わりからの交流を目指し、「音楽で響きあおう」を合い言葉に、ハンディのある人たちの音楽グループの合同コンサートを企画しました。
そこでは、あるがままに「生きる歓び」を歌い上げる当事者同士の「自己実現」と「自己決定」がありました。そして、人と人が支え、支えられる関係を、地域社会に市民自らの手で築くこと、そしてつなぎあうことを確かめ合いました。
私たちグリーン・グラスフェスティバル実行委員会は、「しょうがい」のある人もない人も共に生きる社会=ノーマライゼーション社会の実現を目指し、今後も活動することを確認しました。
(札幌の岩渕さんのホームページ、「グリーン・グラス フェスティバル報告」より抜粋)
「グリーン・グラス
フェステイバル」
北海道は雄大な土地柄か、何かやるとすればドカーンと大きなものになる特性でも持っているんでしょうか、このフェスティバルも、その規模からして壮大なものでした。
まずこの企画を実行する実行委員会に参加する人たちは、全員一口幾らという「実行委員会参加負担金」を出していることです。ここでは「助成金が集まったらやろう」とか、「出来たら手伝う」式ではなく、全員「本気で」集まった連中です。
「どうせやるなら、札幌が世界に誇る芸術の森で・・・」という精神で、とうとう札幌市交通局も動かし、大通り公園から会場の「芸術の森」まで、ハンディを持つ人のために「ノンステップバス」も運行されました。
でも、このフェスティバルが今までのいわゆるハンディを持つ人のコンサートと違うのは、文字通り「障害の垣根を超える」ということでいろいろな障害の種別をも越えて、身体障害や精神障害を持つ人たちとも協調したことでした。
フェスティバルに参加し、プログラムに名を連ねるということは、今まで特に精神に障害を持つといわれている人たちには勇気のいることでもあったようです。このフェスティバルに参加した人たちの中には、そういった垣根も越えたものがありました。
そして、このフェステイバルは、フィナーレで次回の開催予定地である、旭川市の仲間たちの「開催宣言」で終わりました。
旭川では、どんなフェスティバルになるのでしょう。
また、その次には函館とも決まっているようです。もう、「響きあい」は広がっているのです。
「グリーン・グラス
フェスティバル」については、札幌の岩渕さんのホームページに詳しく出ています。
URL= http://www1.odn.ne.jp/~aaa08190/
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1999年10月16日 横浜市ラポール


写真:左上、自然生 中央、奏年隊 右上、ビッグベアーズ
左下、フィナーレ 右下、びっしりと埋まった観客席
クラブEKO横浜コンサート 温故知新Uに参加して
原田陽子(司法書士)
出演者全員が登場、客席へと太鼓が降りていき、客席は総立ち、手拍子、観客もステージに昇り興奮の中に幕を閉じた。
1999年10月16日、日曜日、横浜市港北区のラポールにて、第2回温故知新コンサートが開かれた。出演団体は県内3つ、県外からのゲスト2つを迎えた合同コンサートの企画は神奈川でも初めてとのこと。300人収容のホールであったが、懸念された集客状況も当日はほぼ満杯であった。
開幕1番目は「every man JACK revue」による演劇「ある夏の日のカエルたち」。メンバーがカエルに扮して日常の一こまを淡々と演じた。息の合った演技で、ひとりひとりがセリフを担当する場所もあり、今回初めて舞台で演技するとは思えない舞台であった。
「パンチドランカーズ」フォーク&カントリーという感じで、今回はスタンダードなナンバーを揃えたため、ついつい足でリズムをとってしまうほのぼのとした暖かい演奏だった。歌を歌い、楽器を弾く、それが実に自然であった。故に最後の曲「おーシャンゼリゼ」も自然に「奏年隊」とジョイントに入り込んでいけたのだと思う。
朝5時につくばを出発した「自然生クラブ」の皆さん。彼らの演奏は趣味の世界を超えている。殆ど普段は練習することはないらしい。しかし、舞台構成といい、多彩な楽器の使用といい、殆どプロフェッショナルとして通用するのではないか?障害があることなど微塵も感じさせない演奏であった。
「奏年隊」の演奏は個人的には馴染みが深く何度か聴かせてもらっている。(ステージに限らず)ハーモニカおじさんの演奏は聴衆のお構いなしに延々と続くイメージだったののだが、その後ボーカル・キーボードの新メンバーを加え、見せるメリハリのあるステージになっていた。アンコールもあり、確実にファンをつかんでいるようだ。
最後に登場は本日2番目のゲスト、多摩市からきた「ビッグベアーズ」の面々。とにかく曲がオリジナルというのが、楽しい。曲間の軽妙なMCも楽しく、このメンバーは車椅子だったり、うまく言葉を伝えるのに少し時間がかかったりするのだが、それでもいろんな手段で楽器を演奏する。なんだか感動してしまった。
そしてフィナーレはみんなを呼んでの全員のセッション。そして客席とステージが一体となっての幕だった。自分も一人の出演者として、舞台で一体感を味わわせていただいた。スタッフによれば、いままでも最後はこんな感じだったとのこと。いろんな演奏会があるけれど、こんなに一緒に楽しめるとは思いもよらなかった。
祭りのあと、自然生クラブのメンバーは、たくさんの楽器と人をつめこんだ車でつくばへの帰途についた。「ビッグベアーズ」の仲間は遠路から来たため、疲れたようで帰って行った。その後「打ち上げ」に行ったが、本当はスタッフ並びに出演者全員が参加できれば、もっとみんなと話ができたのに、とそれが少し残念であった。
今回、司会という大任をさせていただき、スタッフの1員として参加させて頂いた。自分自身は、まだまだハンディキャップを持った方と、自由に話ができない。聞き取りにくい言葉があっても、なんとなく流してしまったり、どのように応対してよいのか戸惑うことがある。もしそれができたらもっと舞台の上でみんなとコミニュケーションをとりながら司会進行ができたのに、というのが反省点である。
今回このコンサートに来てくれた人が自分も何かやってみたい、できるかもしれないと思ってくれたら、ますます拡がっていくだろう。また次回、このコンサートに参加できるのを、そして新しい人たちが参加してくれるのを期待している。(でも今度は観客としてじっくり聴かせていただきたいなあ)
最後に、スタッフの皆さんご苦労様でした。
クラブEKO横浜コンサートの様子は、奏年隊のホームページでもご覧になれます。
URL:http://home.att.ne.jp/blue/sounentai/ <奏年隊>
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1999年12月5日(日)、小俣町立図書館ギャラリー&ホール
ノーマライゼーション、それは、子どももお年寄りも、障害があってもなくても、自分の生まれ育った地域で、当たり前の暮らしを、当たり前にしていこうということ。学校や仕事、それに遊びの場でも、それぞれが自分の個性や得意なことを生かして、共に、生き生き生きていこうとすること。
そんな、ごくノーマルな(当たり前の)ことをしようとするにも、私たちの周りでは、いろんなバリアが立ちはだかります。道路や公共施設、住宅、そして何よりも社会のシステムそのもの。至る所に段差や壁があることに気づいて、ようやくバリアフリーを目指す工夫もなされ始めてきました。
でも一番大きなバリアは、私たち一人一人の心の中にあるのではないでしょうか。もちろんお金をかければ、それなりに住み良い街が出来ていくのでしょう。それはとても大切なことです。しかし、心のバリアが大きければ、ノーマライゼーションは決して前には進みません。私たちが暮らすこの街にも、様々な人々がいます。普段ふれあう機会も少なく、気に留めることも余りないのかも知れません。でも本当は、お互いが知り合い、ほんのわずかの違いを認め合っていければ、もっともっと大きなものを共有していることに目を向けることが出来るのではないでしょうか。
ひびき合いの集い 実行委員
出演者
渡部昭彦、 グループ まんどろ、 村林淑子
司会
山口静香
写真、上段、図書館ギャラリーの展示会
中段、グループ 「まんどろ」
下段左 、渡辺昭彦さん 右、フィナーレ
ひびき合いの集い’99 in 小俣、レポート
昨年6月、スウェーデンから、障害を持つ人々の芸術工房から送られた絵画の展示と、大滝昌之さんを招いての講演会で、第1回の「ひびきあいのつどい」が行われ、小俣町を中心に三重県内各地から多くの参加者を得て、好評を博しました。
今年も、「障害があってもなくてもみんなが楽しめるイベント」を合い言葉に、作品展示会とコンサートを通じて、バリアフリーにひととき思いを馳せる集いが12月5日(日)、三重県度会郡小俣町立図書館のギャラリーとホールで行われました。
会場には聴覚障害の方のために手話通訳者とともに大きな風船が用意されました。スピーカーのそばで風船を抱えると響きがよく分かるのだそうです。実際にはテナーサックスの音はそのままでよく伝わり、メロディーまでも感じられたそうです。アルトやソプラノのサックスでの高い音は聞きづらかったようですが・・・。
また、長時間普通の椅子では難しい人のために、ステージ下にはウレタンのマットが敷かれ、開演前の一時寝ころんだ渡部さんにも、「これはリラックスできる」と好評でした。
このコンサートの総合司会は、やはり車椅子の山口静香さん(度会養護学校高等部3年生)が担当しました。細かいところまで準備と練習を繰り返し、大舞台での進行を見事に果たしました。
小俣町という人口18,000人程の小さな町で、クラブEKOのネットワークでご縁を得た大滝昌之さんの訪問に続いて、地元の活動を結びつける中でこのような素晴らしい集いが実現されたことに、大きな敬意を表したいと思います。そして、そんな中で私のリードで音楽を楽しむ障害のある仲間のパワーを、多くの人に見てもらえたことを大変嬉しく思います。北海道滝川市と言えば、私たちの感覚からすればずいぶん遠い所ですが、渡部さんはサックスと車椅子を積み込み一人で車でやってこられました。その渡部さんが小俣町のステージに立つことだけでも、大きな意義を感じます。しかし、コンサートの間はそんなことを全て忘れて音楽を楽しみました。ステージにもフロアにも様々にハンディのある人がいて、それぞれが自分の力を発揮して活躍し、大いに楽しみました。それだからこそ、素敵な音楽が一層心にしみるものになったのではないでしょうか。
この楽しく意義深い一時を作るために努力を惜しまなかった方々の苦労を垣間見てきた者の一人として、このイベントの大成功を共に喜び合うととも、さらにひびきあいの輪が広がっていく予感でわくわくしています。
おんがくファーム まんどろ 吉 田 豊「ひびき合いの集い’99 in 小俣」については、「話題の広場」にも掲載されてます。ここをクリックして下さい。

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