自分のことは自分で決めるということ

スウェーデンでの体験から

 

大滝 昌之


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相手の意志

 レストランやパブなどで、話し相手が突然自分のビールのコップにビールを注いだとすると、大抵のスウェーデン人は、「えっ?」という顔つきをするでしょう。人を招いた時などのコーヒーのお代わりにしても、「もっと飲みますか?」とは聞くことはあっても、相手の意向も聞かずにコップにコーヒーを注ぐという事はしません。

  頃を見計らって、相手の飲みかけの茶碗にそっとお茶を注いであげるというのは日本では日常的な光景ですが、スウェーデンでは相手の返事を確認してから注ぐというのが普通です。

  相手の気持ちを考えることに日本もスウェーデンも違いはありませんが、とにかく「黙って注ぐ」という事は、少なくともスウェーデンでは本人の意思を無視することとして捉えられます。

  「あなたは、どう思いますか」という言葉は、日常的に良く聞かれます。子供に何かを諭す場合でも、ただ「そうしてはいけないよ」と注意しながらも、「そうでしょう?」と相手の考えを聞く姿勢は恐らく日本に比べて多いでしょう。


権利の主張

  社会の中では、それぞれの意志や主張を持った個人が集まって集団を作り上げている訳ですが、その個人同士の間で、どちらかの主張は通すが相手の主張は聞きいれないとか、または条件を付けるともなれば、個人同士の権利のバランスが崩れてしまいます。つまり、自分の意見を聞き入れて貰うためには、同時に相手の意見や主張を聞き入れるという事が前提になければなりません。

  現在のスウェーデンの社会において、このような倫理は、友人や親子の関係、男女の間、さらには学校生活や社会の中にも浸透し、福祉制度を築き上げてゆく上でのひとつの大きな基盤となっています。

  そのようなスウェーデンが早くから福祉国家としての体制を作り上げて行った中には、1870年代から、視覚障害者をはじめとした障害者自身の団体が、自分たちの権利の主張を行ってきたという事実が重要な意味を持っています。

  自分の権利の主張と相手の権利を聞き入れるという事のバランスの上に成り立っているスウェーデンの平等社会でも、福祉の始まりはやはり「恵まれない者にあてがう」式の慈善的福祉から始まりました。しかし、障害者自身が団体を作り組織化して行く事で、自分たち自身の権利の主張を社会に反映する可能性が強まり、いろいろな社会運動の中で法制度や事業の運営に参加するようになりました。

  そのスウェーデンでも、知的障害者への福祉が社会の目を浴びるようになったのは、1950年代にいわゆる親の会が結成され、知的障害者と親という当事者の立場から、知的障害者や親としての権利を主張するようになってからでした。

  この事は、スウェーデンにおいても、自分の主張をしなければ、その福祉は遅れるものであるという事を示していると思います。

  スウェーデン社会におけるこのような背景を長々と述べたのは、このような平等社会の中でも、長い間周りからは「知的障害者は自分の意志を持ち、自分の事を自分で決めることが出来る」とは考えられてなかったからです。つまり、スウェーデン社会に生きながら、スウェーデン人としての権利を持ってなかった訳です。


自己決定

 知的障害を持つ人の自己決定権が語りだされたのは、ちょうど長い入所生活からようやく解放されたオーケ・ヨハンソン氏が、地方のFUB(現在の知的障害者協会、当時はまだ親の会であった)の活動に参加した70年代の半ば頃からでした。

  オーケ・ヨハンソン氏が本人の立場から施設生活を語った事により、周りは初めて障害者自身の声を聞くとともに、適切な支援によって障害者自身が自分の意志を決定する事の重要性を知るようになりました。

  それまでは、知的障害者はその障害のために、自分では物事を判断出来ないと考えられ、そのため周りも障害者自身の意見を聞くよりも「障害者のために」という事で、周りの価値観で障害を持つ人の生活を決めていました。

  ノーマライゼーションの流れの中で、スウェーデンでは86年に制定された新援護法の中で入所施設の解体とグループホームへの移行が明記されましたが、「施設には住みたくない」という障害者自身の声とそれをバックアップするFUBの運動なしには、入所施設の解体はこれほど進まなかったに違いありません。

  なぜなら、「もっと多くの施設を」と望む声は当時大きかったし、今でも解体の進んでいる入所施設では「施設擁護」の声が特に職員の間では聞こえるなど、本人自身の声とその支援がなければ、施設解体もスムーズに行われなかった事は明白です。


自己決定と周りの反応

  オーケ・ヨハンソン氏はじめ、特に軽度の障害を持つ人が自己決定権を主張し始めた頃は、周りの反応は一部の支援者を除き様々でした。FUBにおいても初めの頃は、「彼らに自己決定など出来るだろうか」とか、あるいは「彼らに自己決定させて良いものだろうか」などという考えを持つ人が多かったと聞きます。

  やがてオーケ・ヨハンソン氏などがFUB協会の理事の席に就くようになると、「彼らが発言し決定に携わると、親としての権威がなくなる」と反対した会員も多かったとも聞きました。 しかし、オーケ・ヨハンソン氏ら本人が理事になると同時に障害を持つ本人もFUBの会員となり、つまりFUBという組織がいわゆる親の会から本人を含めた「知的障害者の会」となるにつれ本人の声も次第に広がって行き、またその声を聞く事によって周りの意識も変わってきました。

  しかし、70年代において知的障害を持つ人たちの自己決定という意識は、FUBの内部や一部の専門家たちの間を除いて、まだ施設などにはそれ程浸透はしていませんでした。80年代の半ばになって昔働いた大きな入所施設を訪ねた時、何度もコーヒーのお代わりに手を差し出す入所者に、「駄目だって言ってるでしょ! ここは、私がきめるんだよ、分かった!」と、机を叩いて怒鳴っている職員がまだいた事を思い出します。

  個人の意志や個人の権利を主張するスウェーデン社会でも、知的障害を持つ人たちの自己決定が尊重され権利が保障されるまでには、FUBの中でもまた日常活動の中でもいろいろな過程を辿って行かねばなりませんでした。


相互関与

  「私たちは、彼らを人質にした時代と言っています」。オーケ・ヨハンソン氏が障害を持つ本人として初めてFUBの理事になった頃の事を振り返って、あるFUBの幹部が言っていたことがあります。

  オーケ。ヨハンソン氏も、自分の施設時代を描いた自叙伝のなかでも述べていますが、理事の席を与えられたとはいえ、理解に苦しい問題ばかりを議論して、おまけに彼の意見を聞かれない状況での理事会は、彼にとってはただ席を与えられただけで、疎外感を感ずるのみであったという事です。

  そこで彼は、Medinflytande(相互関与)という、それまで一般にはなかった言葉を使い始めました。発言を許されるという事は相手がそれを聞かなくてはいけないという事と、物事を決める場合、賛否も含めて本人の同意がなくてはいけないという事は集会で物を決める場合当然のことですが、当時のFUBの会議では、彼が出席していながら、周りは彼を「課題の意味は分からないだろうし、答えられない」存在として考えていました。

  人は誰でも、自分の意志によって周りと関わり合っているわけですが、知的な障害を持つ人はその障害のため、自分を発揮するためには周りの人の支援を必要とする場合が多いわけです。そこで、オーケ・ヨハンソン氏は、その在り方を「相互関与」という説明をし、会議をの行う上で支援が必要な事と、会議における自分の在り方を主張しました。その結果、それ以来会議において「ハンドリーダー」という障害を持つ人が発言するための支援システムが出来上がるようになりました。

  障害を持つ人の自己決定を考える時、本人は周りの支援の中で物を決めて行く場合が多い事、またそのような発言の場があるかどうかということは、前提として一番大切なものの一つと言えるでしょう。

 
自己決定とその支援

  知的障害を持つ人が、生活の中で自己決定をして自分の生活をコントロールして行くためには、様々な援助が必要です。例えばスウェーデンでの「住む・働く・余暇」という1日の生活の中での支援という場合、それぞれの場において異なる援助が行われます。

  私たちが「支援者」という場合は、グループホームの職員あるいはパーソナルアシスタント、デイセンターの職員、作業療法士やケースワーカーなどの専門職員、コンタクトパーソン、ゴードマン、また当事者活動や集会などにおいてのハンドリーダーなどがいて、それぞれの役割を持っています。

  グループホームの職員は、なるべく当事者が身の回りを自分で行うように、本人が出来るものにはあまり手を貸さないようにするでしょう。しかし、パーソナルアシスタントは、当事者が不自由を感じている事を本人が望むように手助けをします。

  コンタクトパーソンは、友人として積極的に話しかけ一緒に楽しむように心掛けますが、ハンドリーダーはむしろ陰にまわって情報を伝え、当事者が考え発言出来るように相談役をしますが、発言はあくまで当事者本人のものです。

  このように、同じ人がいろいろ異なる役を演ずる事は出来ません。なぜなら、人はそれぞれの関係で結ばれていて、同じ人が上役で友人で世話人で仲間でセラピストでしかも秘書というのは、普通ではあり得ないからです。


集団の中での自己決定

  自己決定というものを考える時、本人の意思や自己決定が周りとの状況に合わない場合どうするか、という問題が往々にしてあります。個人と集団という関係は何処にでも存在しますが、その場合私たちは民主主義というシステムの中でいろいろ解決する訳ですが、それは障害を持つ持たないに拘わらず、みんな平等に行わなければなりません。個人の意志が集団のそれと合わなければ多数決というものがあり、障害のあるなしに拘わらず、個人の意志が通らない事もあるわけです。

  大切な事は、その決定をするプロセスのなかで「相互関与」していることが確立され、障害を持つ人もそのプロセスに参画しているかという事であると思います。

  本人は「イヤ」と言うけれども、集団の中での決定に従わなければならない場合もあるでしょう。本人の意思にそぐわない決定がなされた場合でも、本人の意思通りにならない事を確認した上での同意があるという、民主主義の基本的なルールです。

  このような意味でも、障害を持つ人の自己決定と言う事は、周りを取り囲む私たちの自己決定の問題と本質的には変わりません。


障害のレベルと自己決定

  以前私たちは、知的障害を持つ人はその障害のため自分で決定し、また意志を伝達することが出来ないものであるという先入観を持っていました。障害を持つ本人自身が自己決定を主張していることが分かると、今度はまた「それは軽度の障害を持つ人に限られる」という新しい先入観を持つようになり勝ちです。

  人生や生活の場での自己決定は、場合や人によって様々に違うし、またその内容のレベルも違います。自己決定の範囲や容認度も、その人と周りの関係によっていろいろ違うでしょう。私たちの自己決定と障害を持つ人たちの自己決定も、その原則に違いはありません。

  住む・働く・余暇の生活の中で、それぞれの人がそれぞれの生活状況の中で、出来る限り自分の決定で生きていける権利を持っています。物事を決める時には、まず選択があるという事とその事についての情報がなくてはならないし、またその決定が伝わるコミュニケーションがなくてはなりません。

  障害の重い人でも、食事の時に水を飲むのかジュースを飲むのか、あるいはいつ何を食べるかについても、条件さえ整えば自己決定出来るものです。問題は、私たちがその選択を提供し注意深くその人の反応を読み取ることが出来るかという事や、その反応を待つ忍耐力、そしてその反応を旨く把握出来る感性を持ちあわせているかという事ではないでしょうか。その感性を持って見ると、どんなに重い障害を持つ人でも、いろいろな場で自己決定をしている姿が見えて来るものです。


自分に不利な自己決定

  時折問題になる点として、例えば明らかに本人の意思あるいは好んでいる事と全く違う自己決定をした場合などもあげられます。好きなはずなのに嫌いと言う、やりたいはずなのにイヤと言うなどいろいろあるでしょう。これらは本人と周りとの関係や集団意識などいろいろな場合に起きる事ですが、この場合でもやはり「普通の人」と同じ事が考えられます。

  一般的に私たちは、このような状況を体験し失敗を繰り返しながら自分の決定による結果を体得して行くものですが、障害を持つ人でも、やはりこの失敗の体験をしなければ決定と結果が正しく焚いとく出来ない事もあります。失敗させないようにという配慮から当事者の自己決定を操作するのは、基本的には自己決定権がないという事にもなります。


自己決定とこれからの課題

  障害を持つ人の自己決定を考える時、私たち自身の生活での自己決定と切り離して考える事は出来ません。何故なら、自己決定というものは、障害を持つ持たないに拘わらず、私たち自身が社会の中でそれをどう捉えるかという価値観の問題でもあるからです。つまり、社会に自己決定という概念が確立されてなければ、障害を持つ人の自己決定を擁護する事は容易ではありません。

  日本では、今まで文化的にも自己決定という場が限られていました。縦割りの社会、先輩後輩、男と女、親と子、先生と生徒などいろいろ縛られた関係の中で個人と周りの境も明確でないところもあります。障害を持つ人、あるいは福祉の中だけで自己決定を語っても、周りがそうでないと、その部分だけを変えようとしても無理があるでしょう。しかし、昔はスウェーデンでもそうであったという事実を考える時、現在の日本の障害者福祉の中から問題を提起し、社会を変えて行く契機になるという事も充分に考えられるのではないでしょうか。

 

(この記事は、日本知的障害者愛護協会報誌「AIGO」97年発行7月号、No486に掲載されたものの、改訂版です)。


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